絶賛風邪治りかけ芸人の黒木が通るよ🤪🤪🤧🤧🤧🤧🤧🤧🤧🤧


もーほんまに鼻声と喉痛いのしんどい!
鼻声ってほんまにしんどい!呼吸できん!
踊ったり歌っとるときなんばりしんどい!もともと腹式呼吸の人じゃけ。


さて、そんなこんなで舞台の稽古がいろいろウァァァァァって増えててメルヘンに23:00〜しかおらん日が増えとるけど

わいがなぜお芝居をやっているか。

長くなるので、興味ない人はごめんなさい🤔💭

事の始まりは小学4年生。
番長(母)が宝塚を社員旅行で見に行った。
めっちゃいいから見ろ!ってゆわれて
わいは全然興味なかったけど、ビデオを大量に見せられた。初めてみたのは
姿月あさとさんがトートをした『エリザベート』じゃった!
その時は、(へーこんな世界あるんじゃ)程度だった。
その後何度か宝塚を観に行った。初めて劇場で見たのは宙組公演『ホテルステラマリス』一回見ただけで完全にどハマり。CDずーっと聞いて、番長のケータイのアラームもそれにしてた笑

そんなこんなで宝塚好きってのが小学校の先生や同級生に広まったの。

そんなある日、小学校に⦅劇団民話芸術座⦆ていう劇団さんが火の鳥を公演しに来てくださった。
で、学生の中から
朗読劇に参加するのが学年に3人
火の鳥本編に出演するのが、学校内で1人!
と言われて

お芝居好きなんじゃけ、出たら!って
先生や同級生が推薦してくれた!!
それがうちの初舞台🥰
はじめての発声練習、はじめての台本、はじめてのメイク、衣装、、、
そして一番その時心に残ってるのは客席からの拍手、そして、全部終わって解散するときの、
お疲れ様でした!っていう爽やかな挨拶。

その時うちは、「私もこんな爽やかな挨拶のできる大人になりたい、もっともっとお芝居がしたい、ステージに立ち続けたい」
って感じた!
そこからは不思議の連続!

番長が、福山のスタジオ『F.roseエンターテイメントスタジオ』でミュージカルのオーディションあるで!
って持って来てくれて
二つ返事で参加した!ダンスもしたことない、歌も好きなだけ、ただ声がでかいだけの少女が
オーディションで何ができるのか!
あの時確か、中島美嘉を歌った気がする...
そんなこんなで、はじめてのミュージカル『ドリームクロス』に出ることになった!
それが中学1年生の時。
そこから宝塚歌劇団に入りたいって夢を追って頑張った!大嫌いなバレエも、下手くそな歌も、、、
でも唯一お芝居だけは、福山で一番できる!って自負してた。今となっては、狭い世界で何を言ってるんだ!と、本当に赤面😣

でも、やっぱり宝塚は厳しかったね。オーディションに行けば、そこら中スタイルのいい、綺麗なお姉さんばっかり。あか抜けてとてもカッコよくて歌がみんな上手いの。
完全に浮いてたよ、私のような田舎者は笑
で高校三年生の時も受けようと思ったけど、そこまで、熱が入らず辞退笑
そして、大学でミュージカルやりたい!てことで

大阪芸術大学に入らせてもらった!
そこからは、またまた、苦悩の日々だったなぁ笑
大学二年生に上がる頃には、歌も一気に歌えるようになったし、
やっぱりお芝居は大好きだったから
コーラスラインでディアナさせてもらったり
真田風雲録っていう学外の公演で
十勇士の1人霧隠才蔵やらせてもらったり
私のお芝居が好きって言ってくれる同期がいたり、後輩がいたり、すごく楽しい大学生活だったなあ!

それから
私がメルヘンに入るきっかけになった
音楽劇21 1/2世紀の少女。
まいちゃんとの出会いでした。
それがなければまいちゃんと出会ってないし、メルヘンにも来てなかったはず。

まぁそんなこんなで、小学4年生から今の今までほとんどの縁、活動、きっかけ

全てにお芝居がある。うちはそういう人生を今まで歩んでて
もっと、いろんな人の縁を自分みたいにつなぎたい、小学四年生のあの感覚をみんなに味わってほしい、自分の行動、声、存在で人の心を動かしたい

そういう思いでお芝居をしてる。
だから、人一倍感受性を持たなきゃいけない、人に優しくせにゃいけん、いつでもおおらかな心を持って、人を幸せの渦に巻き込めるそんな存在にならにゃいけん!

だからお芝居を死ぬまでし続けるし
どんどん登りつめていきたい。

そのために、毎日メルヘンでステージパフォーマンスを勉強、そして、いろんなメルマニアさんと話して、自分では味わえない感性を学んで、知識を得る。
こんな幸せな環境なかなかないよ。
メルヘンは私の第2の大学です。いつも大事なことを学ばせてくれる。



長くなったけど、ちょっとした備忘録として、残しときたかっただけです笑笑

今日もメルヘン楽しもや😊😊😊😊😊😊