前回の続き

 

考えられない人ほど「お金で解決を図る」傾向があると感じている。

本当のお金持ちは「余計な金は使わない」と言われている。

私自身、これはその通りだと思う。

(敢えてこういう言い方をするが)貧乏人ほど“自分で汗を流して何かをする”ことを回避していると感じてならない。

お金持ちは何よりも時間を大切にする。

「何かをするために汗を流す」ことが「時間を失うこと」ことと短絡的に考えることが「貧乏人思考」であると思う。

私が考えるその根拠は、確かに短絡的には「汗を流す時間」=「無駄な時間」と見えると思うが、お金持ちの「流す汗」の意味は悠長に目的を達成させるために汗を流すのではなく、瞬時に「本質を知る」ために流す汗だと感じる次第だ。

 

何かコトが起きた時、「ライト・パースン=適切に対応できる人」に依頼することは間違いないだろうが、お金持ちの多くはそのまま「頼みっぱなしにはしない」ということではない。

自ら発生した事案に対して「適切に対応できる人」から情報を得て、自分自身で考え必要とあらば、追加の対処を手当てする。

自らも学び、最善の解決策を考察する。

 

 

私は1999年12月11日 午前2時10分に銀座 土橋の横断歩道を歩いている時に車に撥ねられ、左膝直下脛骨を骨折した。

この年12月1日付で新たな職場に移ったばかりで、リクルーティング活動(採用側)後の事故だった。新しい職場には投資信託に明るい知識・知見を持ち合わせる職員が全くおらず、この先組織全体のあるべき姿、当然の見識を持った活動を継続する上で経験者の採用は必要不可欠であった。

 

交通事故にかかる話しはさておき、この交通事故の解決作業を代理人に丸投げをしてしまい、私は代理人が言うがまま、行動を受け入れていた。

その結果、後日代理人は一方的に辞任し、その上私に対して破産申立まで行うと言う暴挙に出てきた(後年、この代理人は別件で業務停止の懲戒処分を受けている)。

 

「自分で考え、代理人に全委託しない」「必要であれば、代理人を解任・再選任する」、自ら考えることで、何が必要な「本質」なのかを知る努力を怠った結果だったのだ。

 

私自身情熱を持って『妻探し』を行なっているが(世でいうところの婚活、絶賛婚活中で〜す!) 、まぁ女性のプロフィールやメッセージに「よくわからなぁ〜い」、「楽しいことが大好きです」、「美味しいものを食べるのが大好きです」、「楽しく暮らしていきたいです」という、何とも言い様のない“悲壮”を感じる言葉が踊っている(恐らく男も大して変わらないのだろうが・・・)。

世の中、永遠に楽しく過ごせれば、誰でもそれに越したことはない。

だが、楽しいことばかりを追い求めるから、苦しい場面で何もできない&逃げる、知恵を使えない、頭の中から消し去ろうとする行動に出るのではないかと感じる。

 

また、この手の方々に欠けていると感じるのが「堪え性がない」ということだ。

「効率至上主義」の賜物か、婚活アプリでも「手早く達成できない」とすぐに投げ出す傾向があると強く感じるのは私だけか。

人との関わりは「インスタント」には成り立たない。人それぞれかける時間は違えども、信頼関係を構築するのにはそれなりの時間がかかるものだ。

その上、コミュニケーションを適切に取れない人が多いと感じる。

たった一言「自分が気に入らない言葉」が出るだけで簡単に関係を断ち切るし、会話のテンポも「相手とのピンポン」であることを考慮せず自らのペースだけで進める人も多く見受けられる。

中にはつまらぬ「難癖」をつけることに“悦”を感じている様な「こじらせ女子」も結構いらっしゃる。

恐らく「男」側の「ヤリモク(嫌な言葉だ)」接触(アプローチ)に対する自己防衛なのかもしれないが、相手の「本質を見抜く力」がないからそういった誤った対処方法しか取れないのだろう。

 

次回に続く