$圏外の日乘-『ソープ・ヘイズルの事件簿』
(1912/小池滋・白須清美訳、論創海外ミステリ、2013.4.25)

ヴィクター・L・ホワイトチャーチは
海外ミステリのファンには
「ギルバート・マレル卿の絵」という邦題の短編で
たいへんよく知られている作家で
その短編を初めて収めた作品集の
本邦初の全訳版です。

全15編中、最初の9編が
ソープ・ヘイズルという鉄道マニアの
アマチュア探偵が活躍する作品です。

ソープ・ヘイズルは
鉄道会社からダイヤ改正の際に
アドバイスを請われるほどの
鉄道通であるだけでなく
それに匹敵するほどの
本についての知識を持っており
さらに、消化促進のための体操を欠かさず
菜食主義者の健康オタクでありながら
チェーンスモーカーの面もあるという
なかなか愉快な人物です。

事件の捜査中でも
食事の前の体操は欠かさないので
秘密捜査には向かないですね(苦笑)

それもあって
ソープ・ヘイズルが登場しない
ノンシリーズの短編が書かれたのかもしれません。
それらも含めて全15編すべてが
鉄道がらみの事件を扱っています。

スパイやストを背景とする事件が多いのは
時代色とでもいうべきなのでしょうか。
(それにしても多すぎる気が……)

殺人事件や盗難事件など
いかにもの名探偵ものは少ないという印象で
中には「主教の約束」という
ミステリとはいいがたいユーモア小説も
含まれています。

この「主教の約束」、
ソープ・ヘイズルものでもあるのですが
実をいえば、本書の中で
いちばん面白かったりします(笑)

ストレートなミステリとしては
「サー・ギルバート・マレルの絵」は別格として
ソープ・ヘイズルものの「盗まれたネックレース」と
密室殺人テーマの「臨港列車の謎」が
いちばん面白いかもしれません。


現在とは違う
当時の鉄道に対する知識がないと
よく分からないという話も多く
たとえば「側廊列車の事件」とか
「策略の成功」なんかがそう。

側廊列車というのは
今と同じように
個室の外に廊下があるスタイルですが
「側廊列車」という言葉が
あることでも分かる通り
当時は、一車両の中で
各個室相互に行き来できるわけではなく
各個室それぞれに扉が(左右両側に)
付いていたようです。

ということは、つまり
いくつかの個室が組み合わさって
一つの車両を構成していたものかと。

「臨港列車の謎」で
個室が密室状態になったのも
そのためですし
「側廊列車の事件」のトリックも
側廊のない側に扉があると考えないと
ちょっと成り立たない感じですね。

だとしたら
オースチン・フリーマンの
ソーンダイク博士ものの一編
「青いスパンコール」(1908)は
どうだったかなあ、とか
連想が進むのも、楽しいところ。


「策略の成功」では
テールランプに
トリックが仕掛けられますけど
当時のテールランプが
どういうものか分からないと
何のことだかよく分からない。

側廊列車については
解説で説明されてますけど
テールランプについても
説明してほしかった。

説明すると
トリックが分かっちゃうので
避けたのかもしれませんが。


説明といえば
「盗まれたネックレース」には
依頼人とヘイズルとが
それぞれタクシーに乗るシーンが
出てくるのですが
馬車でなくタクシーなのが
気になりました。

自動車は開発されていましたし
ガソリン車もあったでしょうが
ロンドン(?)の町中を
走っていたかどうか。

これも解説で説明が欲しいところでした。


なお、「サー・ギルバート・マレルの絵」では
指紋が重要な役割を果たすのですが
これについては、すっかり忘れておりました。

初出は1905年の『ロイヤル・マガジン』で
(これだけは初出が判明しています)
コナン・ドイルのホームズもの
「ノーウッドの建築士」(1903)より
2年遅いのですが
オースチン・フリーマンの
ソーンダイク博士ものの長編
『赤い拇指紋』(1907)より
2年早い。

これはちょっと記憶しておいても
いいかもしれませんね。