(リマスター版)
ロック自叙伝2
そんなこととはツユ知らぬ俺は 一週間前に店で見付けたCrybaby
というワウペダルに夢中になっていた。マーシャルの50Wに繋ぎお気に入りのレスポールJRをいい加減に鳴らしていた。
この軽いサンバーストはシングルマイクでマーシャルとの相性が
ずば抜けて良かった。
なんといってもマウンテンのレズリーウエストが巨体にぶら下げているのが何故かカッコええなあ。シングルコイル1本のシンプルな
ギターで複雑なニュアンスが出せるのが不思議だ。
夏休みだけ西海岸に来ている中学生にはGibsonは高根の花でありレスポールの廉価版Jrでさえ1000ドルは超えている。
田舎には通販で買った2万円のテレキャス擬きがあるがとても楽器と呼べる代物ではない。
そんな子供にとってスタンダードの音は濃厚だが重すぎてお手軽なJrを好き放題鳴らすので満足している。
もっと大きなギターショップでは高価額なギターには触れない。Tubbyはまさに天国だ。
時折、シルバーのロングヘアを束ねた背の高い無口な店員が後ろを通り過ぎる。
何か文句を言うのかと指が緊張で硬くなるがレスはない。Tubbyが勝手気ままに遊ぶ俺をなぜネグレクトしていたのかは解らない。
もしかすると相手が子供の日本人だったのが幸いしたのかもしれない。「Japanese terrible!」
直に聞いたことはないがJapには訳の分からない不気味さがあると観られていた節がある。
突然頭上から「let me do it」というハスキー声がしてアスレ靴履きの足がペダルに伸びてきた。見上げれば痩せた髭面の男だが、何故か自分と同じアジアを感じて違和感はしない。
男はギターを指して「play on boy」と続けた。
俺は左手で弦をミュートしてカッティングを始める。
横から延びた爪先が器用に踏むと“ペチャクチャ・チュワーン”と聞き覚えのあるサウンドが飛び出した。適当にミュートをずらしているだけなのに変幻自在に音が弾ける。俺がやっても“ワウワウ”としか鳴らないのに魔法に掛かったように変化する。
男は俺が出すカッティングを見透かしているかのように薄ら笑いを浮かべてペダルを操る。俺は自分が鳴らしているギターの音とは信じられないままに赤ん坊が歌うようなプレイに陶酔していった。