今朝、不思議な夢を見た。
2段に積まれた金魚の水槽が、手前にぐらりと傾いて、慌てて下に置いてあったビニールプールに金魚を移そうとしていた。
水槽が崩れそうになる不安と、金魚を守ろうとする焦りと、でもどこかで「なんとかなる」と思っている落ち着きとが、入り混じっていた。
もう1つの夢は、通い出したスクールの話だった。
そこでは航空機の離着陸のシミュレーションを学び、それに関わる商業プロモーションの授業も始まっていた。
何から手をつければいいかわからず戸惑っていたけど、クラスには、自分と同じ大学出身の知った顔が数人いて、緊張と安心が、交差していた。
「夢は無意識の整理」というけど、金魚も、航空機の教室も、たぶん、今の自分だった気がする。
昨晩、YouTubeで見たADHD (注意欠如・多動症)の解説動画が面白かった。
ADHDの特性を「F1マシン」や「飛べないペンギン」にたとえていて、「努力が足りないんじゃない。スペックが違うんだ」と説明していた。
これを聞いたとき、「そうか」と思った。
僕はパーキンソン病を持っているけれど、ADHDの「ドーパミンの慢性的な不足」という特徴を聞くと、自分の脳の中と、どこかでつながっている感じがする。
小学校の通知表には、いつもこう書かれていた。
「忘れものが多い」「ぼーっとしている」「不安な表情」。今にして思えば、ADHD的な傾向があったのかもしれない。
でもそのときは、「自分なりに精一杯やっている」と思っていた。
仏教系の雑誌に載っていたアメリカ人女性の体験談も印象的だった。
夫婦関係が改善した──そう書かれていたが、実際には離婚しているので「元夫との関係」と注釈が入っていた。
離婚、というと「失敗」と思いがちだけど、別れてもなお「良好な関係」という形があるというのは、目から鱗だった。
うまくいかないこと=悪いこと
終わった関係=失敗
そういうふうに思い込んできたけれど、本質は見かけとは別物なのかもしれない。
努力が足りないのではなく、スペックが違う。
うまくいかなかったのではなく、かたちが変わっただけ。
それに気づいたとき、夢の中の金魚を思い出した。
ぐらぐらの水槽の中で、泳いでいる。
でも、ちゃんと受け皿があれば、そこでも生きていける。
きっと僕自身が、その金魚なんだと思う。
僕は、ちょっと変な人間かもしれない。
でも、飛べないペンギンには、水の中を泳ぐ自由がある。F1マシンには、まっすぐなコースさえあれば、誰より速く走れる。
必要なのは、「普通になろうとすること」ではなくて、「自分に合った環境を探す勇気」なのかもしれない。
夢の金魚は、静かに泳いでいた。
崩れそうな水槽の中でも、そしてビニールプールに移っても。
僕もまた、水槽を離れる時が来るかもしれない。そんな予感がした。
Photo courtesy of Wikipedia