夏から秋の空の色だわ。
さてはて。
上司の物言いが理解できん…と書いた、
一昨日の昼。
そこから2時間ほど経って、
職場のお客さんがひいたので
上司が小休憩に入り、
店内に私ひとりになって間もなく
店の電話が鳴り。
いつものようにお仕事仕様で
電話応対に出た私に、名乗ることなく
「とまった…」
と言ったのは、母の声でした。
そうか。祖父の心臓が止まったか、と。
当然だけども、
動揺ぶりが手に取るようにわかったので、
「うん、分かったよ。
連絡してくれてありがとう」
などと。
なるべく冷静にというか、
落ち着いている風なてい、で
対応したつもりだったけど、
どうだったかなぁ(笑)
ともあれ、祖父の。
95年と11か月の、長い長い…
いわゆる「人生という学び」というものが、
幕を閉じました。
あと10日、祖父が頑張れたなら
96歳の誕生日を迎えるところだったけれど、
残念ながらあと一歩及ばず。
でも、絶飲食、栄養点滴のみになってから
1か月以上も祖父の頑張りは続いたので、
難儀な局面が何度も何度もありましたけど、
もう本当に、十分すぎるほど
頑張ってもらったので。
これはゆっくり休んでもらわねば、です
最期は痛みとかもなく、
何だったら同室にいた母も弟も
祖父の呼吸が止まった事に気付くのが
少し遅れたほどに、
スーッと静かに逝ったそうなので、
当人の難儀さがなかったのは何よりでした。
↑でも書きましたが、
私は職場にいたので、「その瞬間」には
傍に居ることは叶いませんでしたが、
「娘が職場から向かってるんです」
とウチの母が話しているのを聞きつけた
主治医の先生が、
「お嬢さんを待ちましょう
いらっしゃったら、皆で
死亡確認を取りましょうね
」
そういって、
わざわざ待ってくださったり、
「okobe祖父さん、
コーヒーお好きだったでしょう?
ラウンジで飲んでおられるの、
よく見かけたのよ
お別れのコーヒー、いれますから
皆で飲みましょう
」
そう言って、看護士さんが
わざわざ、家族みんなに
コーヒーを用意して下さったりで。
言葉に言い表し難いほどに
手厚く、細やかな配慮を受けて
祖父とともに実家へ。
葬儀の支度やらなんやらで
やたら慌ただしくなりましたが、
なんとか今に至ります。
お寺さんの都合でお通夜が
亡くなった翌々日、今晩になったし、
コロナウイルスの影響もあって
福岡の姉は帰省も葬儀参列も
控える事になったし、
県内の患者さんの増加もあって、
医療従事者である弟は休みが取れず
今夜のお通夜には出られません。
色々思うところはありますが、…
島根に戻って、
ちょっとずつ祖父母の介護に
関わるようになって、
…結局最後まで役に立てちゃいないんだけど、
それでも看取りまで、見送りまでするのは
私の役目かなぁと思ってきたので。
あとちょっと。
しっかり見送れるよう頑張ります。
