(♯7からの続き続き続き)


 東京都中央区は銀座。業界用語でいうところのザギン。って、いまどき銀座のことをザギンとか呼ぶやつはおらんだろ。それって昭和時代の話だろ。って、まあよろしい。とにかく銀座からそこそこ近い場所に位置する東京湾沿岸の埋め立て地、そのもっとも奥まった場所に夏川さん一家が住んでいるマンションは建っていた。

 数十メートルも歩けば、そこはもう完全完璧パーフェクトなる東京湾。周りを見渡すかぎり、スーパーマーケットや商店といった、日々の生活を感じさせる建物は一切なく、ものごっついトラックがびゅんびゅんに行き交う片側二車線の舗装道路の両脇には、水産会社や物流会社の社名やロゴが大きくペイントされた巨大な倉庫、あるいは工場のような無機質な建物が無数に乱立しているわけで、まあ簡単に云いますと簡潔に述べますと、陸の孤島。陸の離れKOJIMA。華の都・大東京を代表する煌びやかでお洒落でハイソサエティーな街であるところのザギンからそれほど離れていない場所にこのようなKOJIMAがあったとは。KOJIMAが存在していたとは。なんて俺、少しく驚きながら感動しながらアクセルをふかしながらふと左斜め前方を見ると、そこに千春が立っていた。手を振っていた。
 黄色を基調とした花柄模様のワンピースを着た千春が、満面の笑みをたたえながらこちらに向かって手を振っている。己も笑顔で手を振り返す。というのは真っ赤な真っ青な真っ黄色な嘘であり、そのとき己の顔面は完全にこわばっていたわけで、むしろがっちがちに固まっていたわけで、ビコウズなぜならなんとなれば、己は今日これから千春のご両親にはじめて会うわけであるからして、事前に千春ともいろいろ相談したのだけれども、まあ初顔合わせということで、一応、現在つき合っている彼氏を紹介します、的な? 軽めの? ライトな? まあとにかくそんな雰囲気で面談をスタートさせようと思っているのだけれども、しかしながら、その場の空気・流れ的に「いける」と判断した場合、「お嬢さんを僕にください」といったニュアンスのキラーパスをご両親にぶっ放そうと己は密かに思っているわけで画策しているわけで、そういった野望・大望を胸中に秘めている成人男子は一般的に気を張っていることが多く、つまり簡単にいうと、俺、緊張。がっちがちのこっちこち。原付の方向指示器がかちかち俺を笑っている。ような気がしたのは単なる気のせいだぜぜぜ。


(♯9へ続く続く続く)