今日は一日、希望の党代表でもある
小池知事周辺取材で
新宿へ。

衆議院選挙に向けて、
政治は、激動のなかにあります。



そんななか、今夜は
ノーベル文学賞の発表の日…

毎年のように、ソワソワ、ワクワク。


そして、今年は⁉︎

イギリス人作家
「カズオイシグロ」が受賞でしたね。


日の名残り、など、
ほんとに、素晴らしい作品だし、
私も好きな作家ですが…
でも、
今年も、村上春樹は受賞逃し残念



実は、私は、
「ハルキスト」と
一括りに呼ばれたくないほどの
ハルキスト…
とんでもなく村上春樹ファン
なのです

かくれ…です。


村上春樹の本は、
常に新刊を心待ちにして、
もちろん、すべて、
いつも、噛み締めて読んでますし、

なにより、
10代の多感な時期に、
私の人格形成にも
大きな影響をもたらしたことは
間違いありません。
出会わなかった自分を
想像できないほど。


「村上春樹」との出会いは、 
高校1年のとき。
兄の本棚から
手に取った
「風の歌を聴け」

その衝撃の出会いから
「羊をめぐる冒険」
「世界の終わりと
ハードボイルドワンダーランド」
「1973年のピンボール」と
次々と、
貪るように読みました。

さらに、
書店にクリスマスカラーの
「ノルウエーの森」が並んだときの
あの心震える感覚…

そのあとの
「ダンスダンスダンス」と…

どの本も、読み進めながら、
エンディングまでの
残りのページの厚さを見て、

あー、もう、あとこれしか
残ってない…
ラストまで早く読みたいのに、
読み終わりたくない…

というような
今まで味わったことのない
もどかしい思いと感覚。


読み終わったあと、
子供のように
本を抱きしめて眠った夜も
忘れられません。

10代のたまらない読書体験でした


そこから、私は、
村上春樹によって、
アメリカ文学へと導かれたのです。


大学では、
アメリカ文学を専攻し、
アーヴィング、ディケンズ、
ヘミングウェイに浸り
卒論は、フィッツジェラルド。



というわけで、
村上春樹とアメリカ文学を
愛する私ですが、

最近は、忙しさに紛れ、文学を
楽しむ時間もなく、
本を読むのも、仕事に関するもの
ばかり。

だから、そんな心貧しい日々のなか、
私にとって、
村上春樹と文学への愛を再認識するのが
このノーベル賞発表のときなのです。
いまや、年に一度の儀式。



村上春樹が、毎年、
なぜ期待されながら受賞できないのか、
という理由に
「作品に政治的メッセージがないから」
と、よく言われますが、
文学の評価の物差しって、
そんなものなのだろうか?

もちろん、あからさまな
政治的メッセージはないけど、
でも、その指摘は、ちょっと違うし、
それに、
それでノーベル賞とれないなのなら
取らなくてもよくね?と
ファンとして思います。


一方で、
村上文学で培われた精神と思考で
心の目を通して、
「人」も「政治」も
リポートしている私ような
村上チルドレンもいるし…

チルドレンは、きっと、世界中に。




明日は、
朝早い出動ではないので、
寝落ちするまで、
村上春樹に浸ってみよう…


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それに、

そういえば、

読書の秋ですね。