9月23日秋分の日
祖先をうやまい、亡くなった人々をしのぶ日です。
(国民の祝日に関する法律第2条)


今夏、各地で発生しました豪雨、暴風災害により被災された皆様に心より
お見舞い申し上げます。

避難生活、ご不自由な生活を余儀なくされておられる皆様のご健康、復旧
作業に携わられる方々の安全をお祈りするとともに、一日も早く元の平穏
な日常生活が戻りますようお祈り致しております。

民俗信仰と彼岸の歴史
―――――― 要約 ――――――
山岳部などで狩猟・採取生活、平野部で稲作をして暮らしていた原始時代の
人々が部族ごと、自然の恩恵に感謝し、生命の恵みである太陽・山岳・樹木・
水源など自然の諸々を神格化した神々と、祖霊を崇拝していた民族信仰と、
集落ごとに行われていた民族祭祀が起源となり、後世、日本民族最高位の
祭司であられる御在位中の天皇、御歴代天皇が世々、宮中に祀られる神々
に自然の恩恵、神恩を感謝され、皇祖皇宗 (御皇室の御祖先・御歴代天皇)
の御聖徳を偲ばれ、国家民衆(国民)の繁栄・安泰をお祈り下さる宮中祭祀
(大祭) に合わせ、天皇と民衆 (国民) が一体となって全国各地の神社、各
集落で自然と祖先に感謝していました。

飛鳥時代、古代朝鮮半島に存在した国家、百済 (くだら) から伝来し、国家・
貴族の儀式であった仏教が、鎌倉時代に民衆化されるとともに、千年以上続
いた日本独自の信仰 [神仏習合] の中で、日本古来の「自然と祖先に感謝
する」 民族信仰・民族祭祀と、仏教の [彼岸] 思想が結びつき、日本古来の
民族的な [祖霊信仰] が由来とされる故人・祖先を供養する日本独自の儀
礼 [彼岸会] が行われるようになり、平安時代以降、民衆の間にお寺参り・
お墓参りの風習がひろがりました。(後述)



日本民族 最高位の祭司
日本民族の総氏神であり、御皇室の祖先(皇祖)の天照坐皇大御神.(あまて
らします
.すめおおみかみ)、御歴代天皇 (皇宗)・御皇族の御霊、天地全ての
神々(天神地祇、国内全ての御祭神)
,をお祀りする宮中三殿 (賢所・皇霊殿・
神殿)で国家国民の安寧をお祈り頂く
.【宮中祭祀】.に臨まれる今上陛下。

御尊影 : 令和元年 5月 8日
賢所、皇霊殿神殿に (即位礼正殿の儀、大嘗祭) 期日奉告の儀


我が国と世界の平和、諸外国との恒久和平を願われながら常に国民と日本
で暮らす全ての人々に寄り添い下さいました上皇陛下、上皇后陛下の御心
を受け継がれ、世界平和と諸外国との友好親善を願われながら常に国民と
日本で暮らす全ての人々にへ御心をお注ぎ下さっている今上陛下におかれ
ましては、令和元年5月1日御即位以来、日々多忙を極める御公務とともに
世々御歴代天皇が 【日本民族の最高位の祭司】 として執り行われてこられ
た祭祀を大切に継承され、元日未明の 「四方拝」 から大晦日の 「大祓 (お
おはらい)」 まで幾多に亘る宮中祭祀、伊勢神宮等への御親拝におかれまし
て、天地全ての神々へ国家国民の安寧をお祈り下さいます。

本日、秋分の日は天皇陛下が 【
最高位の祭司】 として執り行われ、成年御皇
族が御拝礼される大祭、秋季皇霊祭・秋季神殿祭 (春分の日は春季皇霊祭・
春季神殿祭) におかれまして御告文 (おつげぶみ) を奏上、皇祖皇宗 (御皇
室の御祖先・御歴代天皇) の御聖徳を偲ばれ、宮中に祀られる国内全ての御
祭神、天地の神々に自然の恩恵、神恩を感謝されながら国家国民の安寧をお
祈り下さいます。

宮中三殿
日本民族の総氏神であり、御皇室の祖先 (皇祖) の天照坐皇大御神
(あまてらします すめおおみかみ) をお祀りする賢所。(中央)
国内全ての御祭神をお祀りする神殿。(手前)
御歴代天皇 (皇宗) の御霊、御皇族の御霊をお祀りする皇霊殿。(奥)
天神地祇 (天地全ての神々) をお祀りする神嘉殿。(最奥、附属殿舎)

【民俗信仰と彼岸の歴史】

民族信仰の発祥
山岳部などで狩猟・採取生活、平野部で稲作をして暮らしていた原始時代の
人々は、その暮らしの中で太陽・樹木・水源など、生命の源である自然に感
謝し、おそれ敬う感情から、それら自然の諸々を森羅万象の生命を司る神と
崇めました。

森羅万象の生命・恩恵の源である太陽を崇拝した太陽信仰、森羅万象の生
命を司る水源、巨木・巨岩などに神が降臨する、神が宿ると畏敬した自然崇
拝、その水源・巨木・巨岩などを幾多と擁する神域 (神奈備:かんなび) とし
て崇拝した山岳信仰など、日本古来の信仰、神道 (しんとう、かんながらの
みち) の根源である民族信仰が発祥しました。

民族祭祀の歴史
自然信仰
自然の恩恵に感謝し、おそれ敬う感情から、太陽・山岳・水源・巨木・巨岩な
ど自然の諸々を神格化し、崇拝していた民族信仰が日本古来の 「神道」(し
んとう、かんながらのみち) の根源となり、森羅万象の生命を司る神々が降
臨する、宿る磐座 (いわくら) を無数に擁する山岳を神々がお住まいになる
常世 (とこよ) と、人間が暮らしている現世 (うつしよ) の境界として、その
山麓や山頂で集落の首長が祭司となって祭祀が行われてきました。


海辺の集落では、日本国土を抱く 「海」 の恩恵に感謝し、雄大さや厳しさを
畏れ敬う [海神信仰][龍神信仰] が発祥、原始時代から漁猟で暮らしてい
た人々は航海安全の守護と豊漁を祈願していました。

(撮影:2013. 5. 2玉野市築港)

(撮影:2016. 2.21玉野市後閑)

――― 山岳信仰 ―――

児島半島最高峰、金甲山(きんこうざん)山頂
(撮影:2013. 4.21
岡山市の最南端と玉野市の境界に位置し、1934年(昭和 9年) 日本で最初
の国立公園に指定された[瀬戸内海国立公園] に属し、NHK・民放・FM放
送局等の中継局舎、テレビ塔・巨大アンテナが林立している児島半島最高峰
の金甲山 (古名:神之峰(こうのみね)) は、伊奘諾 (いざなぎ)・伊奘冉 (い
ざなみ) の御子、建日方別命 (たけひかたわけのみこと) が吉備児嶋 (現、
児島半島) を司る国魂 (くにたま) の神として鎮座されたとされ、原始時代
から神が鎮座、降臨する神奈備 (かんなび) の山として崇拝され、山頂の巨
岩を御神体の磐座(いわくら) として吉備児嶋の安泰・繁栄を祈る祭祀が行
われていました。

建日方別命は、後に 「吉備王国」 と称されるほどの繁栄を遂げた古代屈指
の地方国家 [吉備国] を守護する国魂神として、大吉備津彦命による吉備
国平定・仁政の地、吉備津宮 (現、吉備津神社) の他、各地の神社に勧請、
奉祀されています。

金甲山山頂、祭祀遺跡[磐座]
御神体である磐座 (いわくら) の巨岩を中心とした環状の岩群から約20m
南東に拝石 (神饌をお供えする石) が配置され、その下方に20人程度が
集まれる広さの平地があり、集落の人々が吉備児嶋を司る神、建日方別命
をこの巨岩にお迎えし、拝石に神饌をお供えして集落と吉備児嶋の安泰・
繁栄を祈っていた原始信仰、古代祭祀の様子を現す貴重な遺跡です。

後世に建立される神社、神殿・御本殿の起源である磐座 (いわくら) の巨
岩を中心とした岩群は、いにしえから伝わる信仰の地である金甲山の貴重
な聖域を後世に遺すべく大切に保存され、案内板なども設置整備されてい
ます。

――― 天照信仰 ―――

皇大神御遷幸の御社、吉備国内宮
(撮影:2011. 1. 8岡山市南区浜野)

郡総社宮、奉祀
(撮影:2013. 9.24岡山市南区郡)

原始時代より森羅万象の生命・恩恵の源と崇拝した太陽は、後に日本民族
の総氏神 (女神) として崇拝した [天照信仰]、その後、先住民族・渡来民
族の全てを含めた日本民族と日本国家を守護して下さる天照大御神 (天照
坐皇大御神:あまてらします すめおおみかみ)を主祭神として崇拝した [伊
勢信仰]に繋がり、現在地 (三重県伊勢市) へ鎮座される以前に奉祀され
た元伊勢(もといせ)、皇大神御遷幸の御社 (みやしろ) の他、各地の集落・
地域を守護される神としても各地の神社に勧請、奉祀されました。

原始時代からの民族信仰により自然の諸々を神格化した神々(山神・水神・
田神・海神・龍神など) と、建国神話 [古事記]、日本最古の国史書 [日本
書紀] に登場する尊 (男神・女神)、各地域の国土を司る神 (国魂) など、
天地全ての神々(天神地祇) も、由縁ある土地・集落・地域を守護される神
々として各地の集落・神社に祀られ、崇拝されました。

祖霊信仰
自然の恩恵に感謝し、おそれ敬う感情から発祥した自然崇拝と民族信仰と
ともに、集落・部族・氏族の故人が眠る地も御霊・祖霊が宿る神聖な地 (後
世の墓地) とし、御霊・祖霊を慰め、感謝する祭儀が行われ、集落の首長な
どは集落の守護神として崇拝されました。(古墳、祠など)

部族・氏族によって個々に信仰していた神々は、部族・氏族が交流・統合す
るにしたがって習合 (一つの信仰体系として構成) され、集落の氏神として
後世に設けられた祠・神社 (相殿・摂社など) の御祭神になりました。

田神信仰
縄文時代から始まった稲作の集団農耕がひろがった弥生時代より、山裾の
集落などで 「春になると水源を司る神が山から降臨され、稲作を守護する田
の神になり、秋の収穫を終えると山に戻られる」 という [田神信仰] が生ま
れ、集落の祭司であった首長が自然の恩恵と祖霊に感謝し、その年の五穀
豊穣と集落の安泰を祈っていました。


国家祭祀
自然の諸々を神格化し、その神々と祖霊を崇拝していた原始時代からの民
族信仰と、弥生時代から山裾の集落などで生まれた田神信仰、集落ごとに
行われていた民族祭祀 (前述) が起源となり、祈年祭 (2月17日)・新嘗祭
(11月23日) などと同じく後世、日本民族最高位の祭司であられる御在位中
の天皇、御歴代天皇が世々、宮中に祀られる日本民族の総氏神であり、御皇
室の祖先 (皇祖) の天照坐皇大御神 (あまてらします すめおおみかみ)、
御歴代天皇 (皇宗)、天地全ての神々 (天神地祇、国内全ての御祭神) へ
御告文 (おつげぶみ) を奏上、自然の恩恵を感謝され、その年の五穀豊穣、
国家民衆 (国民) の繁栄・安泰をお祈りされる宮中祭祀 (大祭) に合わせ、
天皇と民衆 (国民) が一体となって全国各地の官社 (朝廷・国家が管理保
護していた神社) 等、各地域・集落で自然と祖先に感謝し、その年の五穀豊
穣を祈る国家祭祀 (旧、祭日) になりました。

【仏教伝来と彼岸の由来】
仏教伝来 [鎮護国家] の儀式
歴史書等では 「三韓討伐・征伐」 等と記されていますが、西暦200年、第14
代仲哀 (あいちゅう) 天皇皇后、神功皇后 (じんぐうこうごう) の誠意と熱意
ある折衝により、古代朝鮮半島に存在した国家、百済 (くだら) と戦わずして
国交が結ばれて3世紀余りを経た飛鳥時代の 522年。

百済第26代の王、聖王 (せいおう) が国家間の公的交渉として日本に使者
を送り、第29代 欽明天皇に金銅の釈迦如来像・経典・仏具などを献上したこ
とにより、わが国に仏教が伝来しました。

各地に建立された官寺 (朝廷が管理・保護していた寺院)、畿内の中央貴族・
中央豪族の氏寺 (菩提寺) などで国家の安泰を祈願する [鎮護国家] の
会 (ほうえ) が行われました。


仏教の民衆化と [彼岸] 思想
国家・貴族による [鎮護国家] の儀式であった仏教は、鎌倉時代に比叡山
の僧侶により、民衆 (在家の信者) が平素の生活の合間に実践できるよう
教義も易しく説くなど民衆化され、新たな宗派が作られるとともに、次々と建
立された私寺 (地方豪族・民衆によって建立・管理された寺院)で法会・法
要が行われる中で民衆にひろがりました。


民衆化された仏教がひろがるともに、明治維新 (神仏判然令) 以前まで千
年以上続いた日本独自の信仰 [神仏習合] の中で日本古来の 「自然と祖
先に感謝する」 民族信仰・祭祀と、仏教の 「大きな川を挟んだ向こう岸 (彼
岸) に仏様がおられ、こちら側 (此岸:しがん) に我々がいる」「煩悩に満ち
た現世である此岸(しがん) を離れて修行を積むことで煩悩を脱し、悟りの境
地に達した世界 (彼の岸) に到達する」 とされる思想、太陽が真西に沈む
春分と秋分に「阿弥陀如来が治められている極楽浄土 (西方浄土) がある
西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の浄土に思いを馳せた」 とされる浄土
思想などの [彼岸]が結びつき、故人・祖先を供養する日本独自の儀礼 [彼
岸会] が行われるようになりました。

仏教発祥のインド、中国に ”慣習化した儀礼” として各々の祖先を供養(法
要・墓参)する風習はなく、日本古来の民族的な [祖霊信仰] が由来とされ
る [彼岸会 は平安時代の 806年、全国の国分寺で初めて行われて以降、
各寺院で行われ、民衆の間にお寺参り・お墓参りの風習がひろがりました。

備中国分寺

(撮影:2011. 3.17総社市林)

2月17日の祈年祭 (きねんさい ) に続いて、その一年の五穀豊穣を祈って
いた春分、11月23日の新嘗祭と同じく、その年の五穀豊穣に感謝していた
秋分は民衆にひろがるとともに、故人・祖先を偲び、供養する [彼岸会] の
儀礼である法要・墓参が主となり、いずれも 「お彼岸の中日」 と称されるよ
うになりました。


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