3月21日春分の日
自然を称え(たたえ)、生物を慈しむ(いつくしむ)日です。
(国民の祝日に関する法律第2条)


民俗信仰と彼岸の歴史
―――――― 要約 ――――――
冷たく厳しい冬の寒さを乗り越え、生き抜いて春を迎えられた原始時代の人々
が部族ごと、春の訪れを喜び合いながら自然の恩恵に感謝し、生命の恵みで
ある太陽・山岳・樹木・水源など自然の諸々を神格化した神々と、祖霊を崇拝し
ていた原始時代からの民族信仰と、集落ごとに行われていた民族祭祀が起源
となり、後世、日本民族最高位の祭司であられる御在位中の天皇、御歴代天皇
が世々、宮中に祀られる神々に自然の恩恵を感謝され、一年の五穀豊穣、国家
民衆 (国民) の繁栄・安泰をお祈り頂く宮中祭祀 (大祭) に合わせ、天皇と民
衆 (国民) が一体となって全国各地の神社、各集落で自然と祖先に感謝し、そ
の年の五穀豊穣を祈っていました。

飛鳥時代、古代朝鮮半島に存在した国家、百済 (くだら) から伝来し、国家・
貴族の儀式であった仏教が、鎌倉時代に民衆化されるとともに、千年以上続
いた日本独自の信仰 [神仏習合] の中で、日本古来の 「自然と祖先に感謝
する」 民族信仰・民族祭祀と、仏教の [彼岸] 思想が結びつき、日本古来の
民族的な [祖霊信仰] が由来とされる故人・祖先を供養する日本独自の儀礼
[彼岸会] が行われるようになり、平安時代以降、民衆の間にお寺参り・お墓
参りの風習がひろがりました。(後述)



日本民族 最高位の祭司
日本民族の総氏神であり、御皇室の祖先(皇祖)の天照坐皇大御神.(あまてら
します
.すめおおみかみ)、御歴代天皇(皇宗)・御皇族の御霊、天地全ての神々
(天神地祇、国内全ての御祭神)
,をお祀りする宮中三殿 (賢所・皇霊殿・神殿)
で国家国民の繁栄・安泰をお祈り頂く
.【宮中祭祀】.に臨まれる今上陛下。
常に国民へ御心をお注ぎ下さり、国民に寄り添い頂いている今上陛下におかれ
ましては御即位以来、時代に即した御皇室を築かれながら、日々多忙を極める
御公務とともに、世々御歴代天皇が 【
日本民族の最高位の祭司】 として執り行
われてこられた祭祀を大切に継承され、毎年元日未明の 「四方拝」 から大晦日
の 「大祓 (おおはらい)」 まで幾多に亘る宮中祭祀、伊勢神宮等への御親拝に
おかれまして、天地の神々へ国家国民の安泰と健勝をお祈り下さいました。

あと一ヵ月余りとなりました 4月30日の御譲位をお迎えになる今上陛下におか
れましては今月12日、宮中三殿で御退位の御報告とともに皇祖皇宗、天地の神
々へ国家国民の安泰と健勝をお祈り下さり、今月26日の神武天皇陵、来月18日
の伊勢神宮、来月23日の武蔵野陵 (大正天皇・貞明皇后、昭和天皇・香淳皇后、
御陵) での御親拝におかれ、皇祖皇宗の神々へ御退位の御報告とともに国家
国民の安泰と健勝をお祈り下さり、そして来月30日、再び宮中三殿での御退位
の御報告におかれましても皇祖皇宗、天地の神々へ国家国民の安泰と健勝を
お祈り下さいます。

御代の最後に宮中で執り行われました【例祭】に際しまして、御即位以来、日本
民族の最高位の祭司として天地の神々へ国家国民の安泰と健勝をお祈り続け
下さいました今上陛下へ感謝の真心をお捧げ致します。

原始からの雄姿を魅せる山々と生命の息吹

児島富士、常山(つねやま)

児島半島最高峰、金甲山(きんこうざん)
(撮影:2013. 4.21



可憐な息吹



可愛い息吹

(撮影:2012. 5.17岡山市郡、児島湖畔)

【民俗信仰と彼岸の歴史】

民族信仰の発祥

土を掘りくぼめた土坑炉や、河原石を積みめぐらした石囲炉で起こした火を囲み
ながら身を寄せ合って、冷たく厳しい冬の寒さに耐えていた原始時代の人々。
その冷たく厳しい冬の寒さを乗り越え、生き抜いて春を迎えられたことは、様々
な防寒着・防寒具・暖房器具・暖房設備に恵まれた現代では想像を絶する喜び
でした。


山岳部などで狩猟・採取生活、平野部で稲作をして暮らす中で、太陽・山岳・樹
木・水源など自然の恩恵に感謝し、おそれ敬う感情から、それら自然を崇拝して
いた人々は、冷たく厳しい冬の寒さを乗り越えて春を迎えられたことを喜び合い
ながら、春の訪れと生命の源である自然に感謝していました。

自然の恩恵に感謝し、おそれ敬う感情から、森羅万象の生命・恩恵の源である
太陽を崇拝した太陽信仰、森羅万象の生命を司る水源、巨木・巨岩などに神が
降臨する、神が宿ると畏敬した自然崇拝、その水源・巨木・巨岩などを幾多と擁
する神域 (神奈備:かんなび) として崇拝した山岳信仰などが発祥しました。

民族祭祀の歴史

自然信仰
自然の恩恵に感謝し、おそれ敬う感情から、太陽・山岳・水源・巨木・巨岩など
自然の諸々を神格化し、崇拝していた民族信仰が日本古来の 「神道」(しんと
う、かんながらのみち) の根源となり、森羅万象の生命を司る神々が降臨する、
宿る磐座 (いわくら) を無数に擁する山岳を神々がお住まいになる常世 (とこ
よ) と、人間が暮らしている現世 (うつしよ) の境界として、その山麓や山頂で
集落の首長が祭司となって祭祀が行われてきました。


海辺の集落では、日本国土を抱く「海」の恩恵に感謝し、雄大さや厳しさを畏れ
敬う [海神・龍神信仰] が発祥、原始時代から漁猟で暮らしていた人々は航海
安全の守護と豊漁を祈願していました。

(撮影:2013. 5. 2玉野市築港)

(撮影:2016. 2.21玉野市後閑)

――― 山岳信仰 ―――

児島半島最高峰、金甲山(きんこうざん)山頂
(撮影:2013. 4.21
岡山市の最南端と玉野市の境界に位置し、1934年(昭和 9年) 日本で最初の
国立公園に指定された[瀬戸内海国立公園] に属し、NHK・民放・FM放送局
等の中継局舎、テレビ塔・巨大アンテナが林立している児島半島最高峰の金甲
山 (古名:神之峰(こうのみね)) は、伊奘諾(いざなぎ)・伊奘冉(いざなみ)の
御子、建日方別命 (たけひかたわけのみこと) が吉備児嶋 (現、児島半島) を
司る国魂 (くにたま) の神として鎮座されたとされ、原始の時代から神が鎮座、
降臨する神奈備 (かんなび) の山として崇拝され、山頂の巨岩を御神体の磐座
(いわくら) として吉備児嶋の安泰・繁栄を祈る祭祀が行われていました。

建日方別命は、後に「吉備王国」と称されるほどの繁栄を遂げた古代屈指の地
方国家 [吉備国] を守護する国魂神として、大吉備津彦命による吉備国平定・
仁政の地、吉備津宮 (現、吉備津神社) の他、各地の神社に勧請、奉祀されて
います。

金甲山山頂、祭祀遺跡[磐座]
御神体である磐座(いわくら) の巨岩を中心とした環状の岩群から約20m南東
に拝石 (神饌をお供えする石) が配置され、その下方に20人程度が集まれる
広さの平地があり、集落の人々が吉備児嶋を司る神、建日方別命をこの巨岩に
お迎えし、拝石に神饌をお供えして集落と吉備児嶋の安泰・繁栄を祈っていた
原始信仰、古代祭祀の様子を現す貴重な遺跡です。

後世に建立される神社、神殿・御本殿の起源である磐座 (いわくら) の巨岩を
中心とした岩群は、いにしえから伝わる信仰の地である金甲山の貴重な聖域を
後世に遺すべく大切に保存され、案内板なども設置整備されています。

――― 天照信仰 ―――

皇大神御遷幸の御社、吉備国内宮
(撮影:2011. 1. 8岡山市南区浜野)

郡総社宮、奉祀
(撮影:2013. 9.24岡山市南区郡)

原始時代より森羅万象の生命・恩恵の源と崇拝した太陽は、後に日本民族の
総氏神 (女神) として崇拝した [天照信仰]、その後、先住民族・渡来民族の
全てを含めた日本民族と日本国家を守護して下さる天照大御神 (天照坐皇大
御神:あまてらします すめおおみかみ) を主祭神として崇拝した [伊勢信仰]
に繋がり、現在地 (三重県伊勢市) へ鎮座される以前に奉祀された元伊勢
(もといせ)、皇大神御遷幸の御社 (みやしろ) の他、各地の集落・地域を守護
される神としても各地の神社に勧請、奉祀されました。

原始時代からの民族信仰により自然の諸々を神格化した神々(山神・水神・田
神・海神・龍神など) と、建国神話 [古事記]、日本最古の国史書 [日本書紀]
に登場する尊 (男神・女神)、各地域の国土を司る神 (国魂) など、天地全ての
神々(天神地祇) も、由縁ある土地・集落・地域を守護される神々として各地の
集落・神社に祀られ、崇拝されました。

祖霊信仰
自然の恩恵に感謝し、おそれ敬う感情から発祥した自然崇拝と民族信仰ととも
に、集落・部族・氏族の故人が眠る地も御霊・祖霊が宿る神聖な地 (後世の墓
地) とし、御霊・祖霊を慰め、感謝する祭儀が行われ、集落の首長などは集落
の守護神として崇拝されました。(後世の古墳、祠など)

部族・氏族によって個々に信仰していた神々は、部族・氏族が交流・統合する
にしたがって習合 (一つの信仰体系として構成) され、集落の氏神として後世
に設けられた祠・神社 (相殿・摂社など) の御祭神になりました。

田神信仰
弥生時代、縄文時代から始まった稲作の集団農耕がひろがるとともに、山裾の
集落などで 「春になると水源を司る神が山から降臨され、稲作を守護する田の
神になり、秋の収穫を終えると山に戻られる」 という [田神信仰] が生まれ、集
落の祭司であった首長が自然の恩恵と祖霊に感謝し、その年の五穀豊穣と集
落の安泰を祈っていました。


国家祭祀
自然の諸々を神格化し、その神々と祖霊を崇拝していた原始時代からの民族
信仰と、弥生時代から山裾の集落などで生まれた田神信仰、集落ごとに行わ
れていた民族祭祀 (前述) が起源となり、祈年祭 (2月17日)・新嘗祭 (11月
23日) などと同じく後世、日本民族最高位の祭司であられる御在位中の天皇、
御歴代天皇が世々、宮中に祀られる日本民族の総氏神であり、御皇室の祖先
(皇祖) の天照坐皇大御神 (あまてらします すめおおみかみ)、御歴代天皇
(皇宗)、天地全ての神々 (天神地祇、国内全ての御祭神) へ御告文 (おつげ
ぶみ)を奏上、自然の恩恵を感謝され、その年の五穀豊穣、国家民衆(国民)の
繁栄・安泰をお祈り頂く宮中祭祀(大祭) に合わせ、天皇と民衆(国民)が一体
となって全国各地の官社(朝廷・国家が管理・保護していた神社) 等、各地域・
集落で自然と祖先に感謝し、その年の五穀豊穣を祈る国家祭祀(旧、祭日) に
なりました。

【仏教伝来と彼岸の由来】
仏教伝来 [鎮護国家] の儀式
歴史書等では 「三韓討伐・征伐」 等と記されていますが、西暦200年、第14代
仲哀 (あいちゅう) 天皇皇后、神功皇后 (じんぐうこうごう) の誠意と熱意ある
折衝により古代朝鮮半島に存在した国家、百済 (くだら) と戦わずして国交が
結ばれて3世紀余りを経た飛鳥時代の 522年。

百済第26代の王、聖王 (せいおう) が国家間の公的交渉として日本に使者を
送り、第29代 欽明天皇に金銅の釈迦如来像・経典・仏具などを献上したこと
により、わが国に仏教が伝来しました。

各地に建立された官寺 (朝廷が管理・保護していた寺院)、畿内の中央貴族・
中央豪族の氏寺 (菩提寺) などで、国家の安泰を祈願する [鎮護国家] の
法会 (ほうえ) が行われました。


仏教の民衆化と [彼岸] 思想
国家・貴族による [鎮護国家] の儀式であった仏教は、鎌倉時代に比叡山の
僧侶により、民衆 (在家の信者) が平素の生活の合間に実践できるよう教義
も易しく説くなど民衆化され、新たな宗派が作られるとともに、次々と建立され
た私寺 (地方豪族・民衆によって建立・管理された寺院)で法会・法要が行わ
れる中で民衆にひろがりました。


民衆化された仏教がひろがるともに、明治維新 (神仏判然令) 以前まで千年
以上続いた日本独自の信仰 [神仏習合] の中で日本古来の 「自然と祖先に
感謝する」 民族信仰・祭祀と、仏教の 「大きな川を挟んだ向こう岸 (彼岸) に
仏様がおられ、こちら側 (此岸:しがん) に我々がいる」「煩悩に満ちた現世で
ある此岸(しがん) を離れて修行を積むことで煩悩を脱し、悟りの境地に達した
世界 (彼の岸) に到達する」 とされる思想、太陽が真西に沈む春分と秋分に
「阿弥陀如来が治められている極楽浄土 (西方浄土) がある西方に沈む太陽
を礼拝し、遙か彼方の浄土に思いを馳せた」 とされる浄土思想などの [彼岸]
が結びつき、故人・祖先を供養する日本独自の儀礼 [彼岸会] が行われるよう
になりました。

仏教発祥のインド、中国に ”慣習化した儀礼” として各々の祖先を供養 (法要・
墓参)する風習はなく、日本古来の民族的な [祖霊信仰] が由来とされる [彼
岸会]は平安時代の 806年、全国の国分寺で初めて行われて以降、各寺院で
行われ、民衆の間にお寺参り・お墓参りの風習がひろがりました。

備中国分寺

(撮影:2011. 3.17総社市林)

2月17日の祈年祭 (きねんさい )に続いて、その一年の五穀豊穣を祈っていた
春分 (11月23日の新嘗祭と同じく、その年の五穀豊穣に感謝していた秋分)は
民衆にひろがるとともに、故人・祖先を偲び、供養する [彼岸会] の儀礼 (法要・
墓参) が主となり、いずれも 「お彼岸の中日」 と称されるようになりました。


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