児島半島最高峰「金甲山」山頂


8月11日
~~~~ 山の日 ~~~~
山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する日です。
(国民の祝日に関する法律第2条)



山岳信仰  
原始・古代より狩猟・漁猟・採取生活で暮らしていた人々が自然の恵みに感謝
し、その雄大さや厳しさを畏れ敬う
感情から、それら自然を神格化した日本古来
の信仰、
神道(しんとう、かんながらのみち)において、森羅万象の生命・恩恵の
源と崇拝した
太陽信仰(天照信仰)を根源として、自然・水源など生命の恵みを
司る神が鎮座・降臨する神域
.「神奈備(かんなび)として山々を崇拝する山岳
信仰
が発祥しました。

森林と巨木・巨岩、山々の地下水から湧く水源や、その水を放出する滝などを
生命の恵みを司る神.が宿る、降臨する場所.「磐座(いわくら).として崇め、
その磐座
(いわくら)を無数に擁する山岳を神々がお住まいになる.「常世(とこ
よ)
.と、人間が暮らす世界.「現世(うつしよ).の境界
として山頂や山麓で祭祀
が行われてきました。

また、その信仰とともに、険しい地形や自然により僅かな不注意でも命を奪わ
れかねない環境から
危険な状況に陥る行為を禁じ自らの安全を図るための
経験・知識を語り継ぎ、教え継いできました。

金甲山山頂
祭祀遺跡
磐座
.(上)と..(下)


ここ金甲山.(古名:神之峰(こうのみね))は、伊奘諾(いざなぎ)・伊奘冉(いざ
なみ)
が大八洲國(おおやしまぐに:日本の古名)の一つとして8番目(日本書
紀)にお生みになった吉備児嶋(現、児島半島)を司る神
.「国魂(くにたま)」と
して伊奘諾・伊奘冉の御子、
建日方別(たけひかたわけ)が鎮座されたとされ、
古代から内陸の吉備中山・高倉山と並び、神が鎮座、降臨する神奈備
(かん
なび)
の山として崇められ、中世は修験道(後述)の山岳として信仰され、修行
の場とされていました。



金甲山の神籠
(神籠(ひもろぎ):神社以外で祭祀する場合に神を迎える神域・御神体)

天神地祇(天地の神々)をお祀りする祠が建立されている岩を中心に直径4m
ほどの環状に小石、中心の岩から約20m南東へ下がった所に、幅約1m×長
さ約2mの拝石
(おがみいし・はいせき:神饌をお供えする平坦な石).が配置さ
れていました。
その下方に20人程度が集まれる広さの平地があり、集落の人々が吉備児嶋を
司る神、建日方別をこの岩にお迎えして、拝石に神饌(供物)をして集落の安泰
などを祈っていた原始信仰、古代祭祀の貴重な遺跡です。

この自然石を祭壇
.(神籠石).とした祭祀跡を遺して展望台が建設されましたが、
2010年
06月、両備グループによる展望台整備の際、いにしえから伝わる信仰の
地である金甲山の貴重な聖域を後世に遺すべく案内版を設置されるなど祭祀跡
が併せて整備されました。
(神籠石の配置等:玉野市役所 1972年発行.【玉野市史(続編)】.より引用)




約6000年前.(縄文時代).から稲作が始まり、弥生時代にかけて集団農耕が広
がるがるとともに山裾の集落などで.「春になると水源を司る山の神が降臨して
稲作を守護する田の神に
なり、秋の収穫を終えると山に戻る」.という
田神信仰
が生まれ、春は一年の五穀豊穣を祈る祭祀、秋は新穀の収穫と自然の恵みに
感謝する祭祀.(現在の勤労感謝の日に繋がる
新嘗祭の起源)が集落ごとに行
われるようになりました。

弥生時代に制度化された首長
.(部族・氏族を治める集落の長).が祭司を務め
ていた民衆祭祀は、後世の
氏神信仰神社信仰に繋がります。
<ご参考>
日本の古代祭祀と神社の起源
原始・古代遺跡の宝庫 「操山」

中世になり、
古神道(他宗教を習合する以前の純神道)の一つである山岳信仰
と仏教、さらに道教・陰陽道などの要素も加わり、日本独自の宗教である「
修験
」が生まれました。

奈良時代に確立された修験道は、深山幽谷に分け入り厳しい修行で超自然的
な能力
.「験力」.を得て、衆生.(迷いの状態にあるもの、人間).の救済を目指す
実践的な宗教としてひろまり、修行者を.「修行して迷妄を払い験徳を得る」.こと
から.「修験者」、また山に伏して修行する姿から.「山伏」.と呼ばれています。
<ご参考>
(修験道、五流修験の歴史・概要)
後鳥羽天皇、皇子ゆかり 「熊野権現」
後鳥羽院、皇統の寺院 「五流尊瀧院」

仏教においても、世界の中心には須弥山(しゅみせん)という高い山がそびえ
ていると考えられており、空海が高野山を開き、最澄が比叡山を開くなど山へ
の畏敬の念が一層深まり、平地に建立する寺院も
.「▲▲山●●.と称され
ています。



金甲山山頂展望台
原始・古代より、生命の恵みを司り国・集落を守る神々がお住まいになる、降臨
する場所として
.「お山、お山さま、山神さま」.と崇拝され、神々がお住まいになる
「常世
(とこよ).と、人間が暮らす世界.「現世(うつしよ).の境界として祭祀が行
われてきた山岳。

中世に生まれた修験道の厳しい修行の場にもなった山々は幾世紀を経た現代、
登山道・遊歩道・登山道路、休憩・展望施設などが整備され、プロ・上級登山者
から初心者まで、緩やかな山・丘陵であれば、ご家族・お子さん連れでも雄大な
自然に親しめる場になりました。

原始・古代の人々が生命の恵みと感謝し、第124代 昭和天皇におかれまして
は侍従の入江相政氏(後の侍従長)に.「雑草という草はありません」.と諭され
たお言葉の中で ”二酸化炭素を酸素にかえて人間の命を支えている”.と説か
れた植物を無限に擁する山々。

また、永遠に繰り返される水循環(水の旅)の中で太陽の恵み(熱エネルギー)
を受けて海・湖・河川から蒸発した水分が雨雪になって再び河川に流れ、私たち
の生活・体につながる.「命の恵み」.である水を、その源として発する山々。

日常・ご旅行などで山々を仰ぎながら、登山・行楽などで雄大な自然と親しみな
がら、その恩恵に感謝し、私たちの命につながる山々・自然を大切にしましょう

昨今問題になっている野生のイノシシ、クマなどが人里に現れ、町まで下り
て来るなどは、山道の傍ら、河原などに放置・廃棄した弁当などの食べ残し
(匂い)に誘われて生息エリアから脱し、それらを食しはじめて、”人間の食
べ物の味”
.を覚えたことによる、とのこと。

森林伐採・自然破壊などにより本来の生息エリアを狭められる中、「人間の
匂いがするところには美味しい食べ物がある
n(^ω^)b.と食糧を求めて
人里・町に現れはじめた原因は他でもなく、自然の恵みに感謝し、その雄大
さや厳しさを畏れ敬う日本人古来の心を忘れ去り、雄大・貴重な自然を人間
が汚した結果であり、”モラル”
..をポイ捨て、置き去りした結果であると思い
ます。
山道の傍ら・河原など雄大で貴重な自然の中に、自然界・生態系をも狂わせる
一部人間の ”モラル”.が心なくポイ捨て、置き去りされた悲しい光景、私たちの
生活・体・命につながる山々を汚す悲しい光景が日本じゅうの山からなくなりま
すようにo(^▽^)o

プロ・上級登山者が挑むような険しい山岳はもちろん、初心者・ご家族・お子さ
ん連れでも親しめるような緩やかな山・丘陵であっても、古来からの信仰の中
で戒め、禁じていた、命を奪われかない不注意・危険に陥る行為は決してせず
ご自身・ご家族・大切な人の安全を図りながら山々の雄大な自然に親しんで下
さい。
o(^◇^)o
<ご参考>
水の事故、山の事故を防いで海、川、山を安全に楽しむために
【政府広報オンライン

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