実家の母が入院 | ヨメトメ戦記

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2014年10月アルツと診断されて以来、独居を貫いたシュートメと、トメ嫌いな鬼嫁の毒吐き記録。約10年踏ん張ったが、2023年12月頃から急激に進行、ついに2024年6月認知症専門病棟に医療保護入院となる(現在入院中)

実家の母から「入院したの」との知らせ。

突然のことで、すぐには理解できなかった。

 

先のリウマチの治療は、そこそこ落ち着いていたし、

元通りとまではいかないが、それなりに日常生活動作は戻っていた。

治療薬の影響なのか、むくみや痺れの症状が少し出ていたけれど、

リウマチとはこの先、長い付き合いになることが前提である。

主治医ともきちんと話し合って、適宜、薬を変更するなど

しっかり対応してもらっているのを知って、どこか安心していた。

当の本人も、ある程度の不調は覚悟して受け入れていた。

サバサバとした母の性格が、そうさせていたのかもしれないが。

 

ところが、今回の入院はリウマチではなかった。

まさかの「脳腫瘍」。。。。

 

聞けば、あまりにも体調が悪かった朝、自ら受診を決めたらしい。

ふらつきがひどいためMRI検査となり、脳腫瘍が発覚。

良性なのか悪性なのかはまだわからず、詳細は結果待ちだけれど、

よくないことばかり考えても仕方ない。

ぶっ倒れる前に受診して良かった! と思うことにする。

即入院になったのも、最悪の事態になる前で良かった!! と思うことにする。

 

それにしても、重なるときは重なるってホントだ。

トメは心臓病が発覚し、今度は母にも重篤な病気が発覚し、

どっちにどれだけ「私」を配分したらいいのか、「私」はどうしたいのか、

神様仏様に試されている気がする。

いや、本音ではもう結論なんて出ているのだ。

「トメ < 母」 であると。

だけど、単純にそうは動けない事情もある。

 

来月早々には、トメの心臓の精密検査が控えている。

「大動脈弁狭窄症」は、積極的治療はしない(できない)と決まったが、

治療はしなくても、経過観察は必要なので、そのための検査だ。

一番大変なのがトメ自身であることは重々承知の助だけれど、

通院して検査して、送迎してなので、付き添うコッチも負担は大きい。

そのうえ、今回は「できれば母を看護しに行きたい」と思いながら

トメに付き添いする訳だから、負担というより葛藤? も増えそう。

 

今朝はやく、入院中の母から電話。

「なんとなく声、聴きたくなって」。

入院してから日に日に具合が悪くなっているようで、不安そうだった。

あのサバサバ性格の母とは思えないような、

いつものチャキチャキとした喋りとは真逆の、消え入りそうな声が

電話を切ってからもずっと頭から離れない。

 

「急いで帰ってくることはない。今後の予定がわかってからでいいから」

と言われていたけれど、待つばかりというのももどかしく、

取り急ぎ今週末、里帰りすることにした。

母の病状をちゃんと聞いておきたいし、今後の治療予定も知りたいし。

なにより、早く会いたい。

早く母の顔がみたい。

そして手を握りたい。

 

絶対にトメには向けない感情ばかり。我ながら呆れちゃう。