指を自在に動かすことができない3人のピアニストが21日、プロのオーケストラと共演してベートーベンの「第九」を、サントリーホール(東京都港区)で披露する。

 3人の「弾きたい」願いをかなえたのは、ヤマハが開発した「だれでもピアノ」。指1本で奏でたメロディーに、自動で伴奏が重なり、演奏をサポートする。最新の技術を携えて、夢の舞台に向かう3人の思いを伝える。
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「だれでもピアノ」の音を鳴らす宇佐美希和さん
 指で鍵盤をたたくと、触れていない鍵盤やペダルも動きだし、多彩な音が響く。コンサートに出演する宇佐美希和さん(24)=東京都杉並区=は、東京都内のレッスン室で練習に励む。「ピアノは私の癒やし。出合えてよかった」。演奏に夢中になると、自然と体は前のめりになり、顔いっぱいに笑顔があふれた。

 宇佐美さんは、生後まもなく脳性まひと診断され、車いすで生活する。小学2年のとき、ピアノを習う2学年上の姉の影響を受け、レッスンを始めた。両手が思うように動かず、演奏で使えるのは右手の人さし指のみ。それでも、家で気兼ねなく楽しめるピアノに夢中になった。
 「ショパンのノクターンを一人で演奏したい」。「だれでもピアノ」開発の出発点は、そんな宇佐美さんの願いだった。2015年、特別支援学校の高等部2年のころ、体に障害のある人が弾きやすい楽器の開発に取り組む東京芸術大の教員たちが同校を訪れた。1本の指で慈しむように音を出す宇佐美さんの姿を見た教員たちは「技術の力で、この子の演奏を後押ししたい」と、ヤマハに協力を依頼した。

 

 

ヤマハピアノが出来るまで

 

 


 同社の技術者らが学校に足を運んで生徒のピアノ演奏に触れ、開発の糸口を探った。メンバーの一人で、同社研究開発統括部の前沢陽さん(37)は「正直、当初は演奏をサポートする技術開発は難しいと思った」と打ち明ける。しかし、「格好良く曲を弾きたい」という生徒の思いに心を動かされた。「本人ができることを奪わずに、演奏の達成感を味わえるシステムをつくりたい」と試行錯誤を始めた。
鍵盤を押すと、連動するように他の鍵盤が動き、伴奏が流れる
 指しか動かせない奏者の旋律を主役にしつつ、両手足を駆使したような演奏を実現する。この難問を解決したのが、ヤマハの鍵盤やペダルを制御する自動演奏の技術だ。指で奏でたメロディーの情報を瞬時にデータ化。人工知能(AI)により、蓄積された楽曲情報と照合し、テンポに合わせた伴奏を自動演奏することで、豊かな表現を後押しすることができた。
 同年に出来上がった「だれでもピアノ」に、宇佐美さんは「メロディーしか演奏できず物足りなさを感じていたので、感動した。弾ける曲が増え、世界が広がった」と感謝する。
 21日のコンサートは、このピアノを使って本格的なシンフォニーを奏でようと、ヤマハが企画。「だれでも第九」と銘打った。宇佐美さんら3人が順番にオーケストラと合奏し、4楽章にも及ぶ大曲を披露する。
 新たな挑戦に向け、ピアノも進化させた。メロディーを鳴らしてから伴奏が鳴るまでの時間を縮め、共演者が一体感のある演奏ができるようにした。前沢さんは「技術の力でピアノを弾ける人を増やす挑戦の極限となるコンサートになる」と楽しみにする。
 宇佐美さんは「聴いた人が良い気分になれる演奏をして、自分も楽しみたい」と意気込む。テレビで見て憧れた、臨場感のあるオーケストラとの共演。「だれでもピアノ」がまた一つ、そんな夢をかなえる。
 本番に向け、都内のレッスン室で練習を重ねているのは、宇佐美さんだけではない。一緒に出演する2人もまた、ピアノが新たな世界を切り開いた。