FTIRの基礎

 

FTIRの基礎(1) 赤外分光法の原理

赤外分光法の原理

赤外分光法は、物質に赤外光を照射し、透過または反射した光を測定することで、試料の構造解析や定量を行う分析手法です。
紫外可視分光光度計の基礎(1) 光の性質」で、紫外・可視光は、物質の電子遷移に基づいて吸収されることを学びました。一方赤外光は、電子遷移よりもエネルギーの小さい、分子の振動や回転運動に基づき吸収されます。赤外光(2.5~25µm)は、紫外・可視光(0.2~0.78µm)よりもエネルギーが小さく、電子遷移には足りず、分子振動のエネルギーに当るためです。

赤外と紫外可視吸収による遷移

図1 赤外光と紫外・可視光の吸収の違い

分子の振動や回転の状態を変化させるのに必要なエネルギー(赤外光の波長)は、物質の化学構造によって異なります。従って、物質に吸収された赤外光を測定すれば、化学構造や状態に関する情報を得ることができます。
赤外分光光度計には、分散型とフーリエ変換型(FTIR)があり、横軸に波数(または波長)、縦軸に透過率(または吸光度)をプロットしたグラフを出力します。

FTIRのスペクトル

図2 赤外光の特徴とIRスペクトル

このグラフを赤外吸収スペクトル(IRスペクトル)といいます。IRスペクトルは、物質固有のパターンを示すことから、構造解析や定性分析に有効です。縦軸の吸光度は物質の濃度や厚みに比例するため、ピークの高さや面積から定量分析を行うことも可能です。

分子の振動と赤外光の吸収

分子を構成する原子間では、結合部分が伸縮します。伸縮振動のエネルギーは赤外光のエネルギー付近にあり、赤外光を吸収して振動します。ただし、赤外光を吸収できる振動には「双極子モーメントの変化を伴うもの」という制限があります。2つの振動が互いに打ち消しあうものは、赤外吸収をしないということです。

 

直線状分子のCO2の場合、対称伸縮振動は双極子モーメントが変化しないため赤外光を吸収しませんが、逆対称伸縮振動は双極子モーメントが変化する為、赤外光を吸収します。また、直線分子の中でも2原子分子のO2やN2の場合は、逆対称伸縮振動ができず、赤外光を吸収しません。CO2が温室効果ガスとして働くのは、CO2が赤外光を吸収する振動を持ち、大気が暖められるためです。

 

非直線状分子のH2Oの場合、対称伸縮振動、非対象伸縮振動どちらもモーメントが変化する為、赤外光を吸収します。対称伸縮振動は3652cm−1、非対象伸縮振動は3756cm−1です。

 

以上は、赤外吸収の一例です。非対称伸縮振動に加え、変角振動や回転運動においても、双極子モーメントの変化を伴う場合に赤外吸収を観測することができます。

赤外光と分子振動

図3 二酸化炭素(上)と水(下)の振動

赤外分光法の特徴

赤外分光法では、‐OHや‐COOHといった官能基のピークはほぼ一定の波数域(特性吸収帯)に検出されます。このピークを解析することで、化合物の部分的な構造を推定することが可能です。
また、得られるIRスペクトルは物質に固有な情報です。近年では、予めデータベースに記録された標準試料のスペクトルと、測定したスペクトルを照合することにより未知試料を同定します。特に、IRスペクトルは数十万という数のデータが存在するため、未知試料分析に非常に有効です。有機物質を中心に多くのデータが蓄積されており、薬学、農学、生物学、ガス分析、鑑識など広い分野で活躍しています。

FTIR測定フロー

図4 赤外分光法による構造解析による試料の同定

 

FTIRの基礎(2) FTIRの原理

分散型とフーリエ変換型(FTIR)の赤外分光光度計の違い

赤外分光光度計には、光学系の違いにより、分散型とFTIRの二種類が存在します。
分散型は、試料を透過した後の光を回折格子により分散させ、各波長を順次検出器で検出するものです。一般的にはダブルビーム方式になっており、リアルタイムでバックグラウンド補正します。
FTIRは、干渉計を使用し、非分散で全波長を同時に検出します。それから、コンピュータ上でフーリエ変換を行い、各波長成分を計算するものです。
歴史としては分散型が古く、日本では、日本分光の前身である東京教育大学光学研究所時代、1954年から製造、販売しています。一方FTIRは、1982年から製造、販売しています。現在の主流はFTIRです。

分散型とフーリエ変換型

図1 分散型(上)とフーリエ変換型(下)の光学系

FTIRの原理

FTIRで用いるフーリエ分光法は、2光束干渉計を分光に利用したものの総称です。構成としては、半透鏡と2枚の反射鏡(1枚は固定、1枚は可動)になります。光源からの光は、平行光束で干渉計に導かれ、半透鏡に斜入射され、透過光と反射光の二つの光束に分割されます。二つの光束は、固定鏡と移動鏡で反射され半透鏡に戻り、再び合成され、干渉波を発生させることができます。移動鏡の位置(光路差)により異なる光の干渉波が得られ、各位置における干渉波の信号強度から計算で、各波数成分の光の強度に分離できます。この計算がフーリエ変換で、コンピュータで高速に処理できます。つまり、回折格子の代わりに、干渉波を計算で分光し、赤外スペクトルを測定する装置がFTIRです。

FTIR移動鏡の役割

図2 FTIRにおける干渉波の発生

透過スペクトルを得るまで

FTIRは、一般的にシングルビームの測定です。このため、試料室に試料がある状態とサンプルのない状態(バックグラウンド)の二つの測定から試料の透過スペクトルを得ます。サンプル、バックグラウンドともに、得られたインターフェログラムをフーリエ変換して、シングルビームスペクトル(SB)を得ます。透過スペクトルは以下の式により算出します。
(試料のSB)/(バックグラウンドのSB)×100 = 透過スペクトル
透過スペクトルでは、各素子のエネルギー特性や、H2O、CO2の吸収がキャンセルされます。

FTIR処理フロー

図3 透過スペクトル測定の流れ

FTIRのメリット

分散型に比べたFTIRのメリットとして、以下の4点が挙げられます。
 

①多波長同時検出

FTIRは移動鏡を動かすだけでIRスペクトルが測定できます。分散型のように、回折格子を動かして波長をスキャンする必要が無く、高速に測定が行えます。検体数の多い測定や、積算を多くかけてノイズを減らしたい場合などに有効です。加えて、多波長を同時に測定できるため、各波長で時間的なズレが発生しないという利点もあります。時間変化に伴う試料の状態変化を観測する場合に有効です。
 

②スループットが高い

分散型ではスリットを用いますが、FTIRではスリットを用いず、検出器に到達するエネルギーが大きくなり、結果としてS/Nが高くなります。
 

③波数分解能が高い

分散型では、波数分解能の高いスペクトルを測定するにはスリットを絞る必要があります。そのため、波数分解能を上げるとS/Nが低くなり、上げられる波数分解能が限られます。 一方、FTIRでは、移動鏡の移動距離を伸ばすことで波数分解能を上げられます。隣接した波数の光を分離するためには、移動鏡の移動距離を伸ばせば、独立した波として分離できるためです。
販売開始当初は、FTIRが非常に高価だったため分散型が主流でしたが、現在ではコンピュータの価格が大きく下がり、FTIRの価格も下がったため、精度の高いFTIRが主流になっています。
 

④測定波数域の拡張が可能

光源、ビームスプリッター、検出器、窓板の交換により、遠赤外から可視まで測定波数域を広げることができます。分散型の装置では波数拡張するのは非常に難しく、実用的ではありません。