女性にとって、アンチエイジングは永遠のテーマだろう。

なかでも最近よく目にするフレーズが「10歳若く」だ。

 

わたしは今月58歳になるが、立場をはっきりしておこう。

わたしはアンチ「アンチエイジング」で、「10歳若く」というフレーズが嫌いだ。

 

加齢に逆らうのではなく、うまく歳を重ねていく。

ほめられるなら、「若いですね」と言われるより、「魅力的」「ステキ」「かっこいい」…と言われるのをめざす。

 

アンチエイジングではなく、ウェルエイジングとわたしは呼んでいる。

 

もって生まれた天然美の有効期限は20代まで。

いつかは消えてなくなる天然美に固執するのは、非合理的で非論理的。

30代以降の大人世代の外見は本人次第だ。

 

 

体型を別にして、女性の場合、加齢を感じるのはシミやシワなど肌にまつわるものが中心だが、男性は頭髪だろう。

男性にとっての薄毛問題がいかに由々しきことかは、女性のわたしには想像もつかないが、ともに年齢を重ねていくパートナーとして、共感を寄せることはできる。

 

 

そこで、この本だ。

 

 

 

これまでの薄毛対策は、男女を問わず、増やす、または隠すの2つしかなかった。

著者の松本圭司さんは、第3の可能性として「魅せる」を掲げた。

 

 

 

 

「コンプレックスを逆手にとって魅力に変えよう」というコンセプトは変身本の定番であって、とくに目新しくはない。

しかし、男性の頭髪問題のみに特化したところがユニークだ。

 

 

男性のスタイリングのお客さまに髪の問題を相談されることがある。

わたしは増毛に反対はしないが、原則短くするのをおすすめしている。

 

男性の多くは、髪が薄いと老けて見える、モテなくなることを気にするが、そんなことはないからだ。

 

 

この本にも統計が紹介されているが、似合っていれば「ハゲ・薄毛が好き」と女性の75%が回答

交際する際、『イヤ』なことは臭い系、コミュニケーション系が上位を占め、ハゲ・薄毛は白髪に次いで下から二番目という結果に。

 

それどころか、9割近い女性が少ない髪に執着せず、短髪あるいはスキンヘッドにしている男性に対して好感を持つと回答

 

女性は「ハゲ薄毛を堂々と見せている」ほうが、「何らかの方法で隠している」より好ましく感じていることもわかった。

 

数値で明確になり、わたしにとっては持論が補強された思いだが、これが女性の実感だ。

 

 

おそらく、男性が予想している以上に好意的なのではないか。

要は本人に似合っていれば、薄毛だろうがハゲだろうがロン毛だろうが関係ない。

 

 

女性はみんな痩せたがるが、男性にはぽっちゃりタイプに人気があるのと似て、異性の価値観は、お互いに相容れないのかもしれない。

 

 

 アメリカのトップモデルを決めるリアリティ番組「ANTM」では、毎シーズン変身がテーマになる回がある。

平均以上に美しい若い女たちですら、長い髪をショートにしただけで号泣する者がいる。

 

内面的な自己像が鏡の中の実像と違うと、自分が自分でなくなったように思うのだろう。

 

おそらく男性もそうなんじゃないか。

 

隠すのをやめるのは勇気がいるかもしれない。

それでも清水の舞台から飛び降りたつもりで髪を短くした男性たちの外見と内面にどんな変化がうまれたかは、本を読んでみてほしい。

 

 
 
 
ただ、この本の残念なところは、事例がモノクロなこと。
 
カラーはこちらを。
イケメンモデルではなく、一般人中心なので、親近感がわくのではないだろうか。
 

 

 

 

モデルになっている男性たちがカッコいいのは、自分の内面にも外見にも自信があるからだ。

 

若い頃とは違う大人の男性としての魅力を、髪を短くすることで確認できたからだろう。

 

 

高齢化社会がバラ色に輝くか、ドドメ色になるかは、アンチエイジングに固執するか、ウェルエイジングに考えを切り替えるかにかかっているとわたしは思う。

 

すべての人が自分らしく輝いて生きていけますように。

では、本日もアドバンストな1日を。


参照サイト:

松本圭司さんが代表をつとめる会社・カルヴォの公式サイトはこちら
朗報!ハゲでもかっこよく見える「理想の髪型」がついにわかった(『ハゲを着こなす』著者・松本圭司さんの執筆記事。すごく参考になります:現代ビジネスプレミアム)
「男の薄毛」をモテない言い訳にできない事実(こちらも松本さんの記事。上記の統計を詳しく読めます:東洋経済オンライン)

ラデュレのイベントにお誘いただいたので、お気に入りのこの本を引っ張り出してきた。

 

 

150年の歴史を持つ、ラデュレの美と装飾のストーリーを解説したデコレーションブック。

 

わたしが持ってるのは原書のフランス語版で、ほかに英語版とドイツ語版がある。

 

で、いま検索したら、すごい値段に!!

 

 

 

 

アメブロのリンクは5,221円だけど、クリックすると、84,401円(定価は税込7,140円)。

定価の約10倍。

 

ちなみに紀伊国屋webでは、Dランクの古書扱いで16万以上

20倍なんて、わけがわからない。

 

 

 

 

たしかにリボン綴じのハードカバーは美しい。

開くと、右にラデュレの装飾と歴史を綴った解説書が。

左のポケットにはその3つの世界観を表現したポップアップを収納。

 

ポップアップはすごくしっかりしたつくりで、ラデュレ3つの世界観を3つのインテリアで表現している。

 

3つの世界観とは。

 

 

1. ポンパドール夫人が築いた18世紀:ロココ

ポンパドール侯爵夫人(1721-64)は、フランス王ルイ15世の愛妾で、当時最先端のトレンド・リーダー。

マリー・アントワネットがその座にとって替わるまで、ヴェルサイユ宮殿に君臨し、芸術家を庇護し、サロンにおいてアートとファッションを盛り上げた。

 

前髪を高く結い上げるポンパドールというヘアスタイルに、いまも彼女の名まえが残っているほどの歴史的なインフルエンサー。

 

ポンパドゥール夫人(フランソワ・ブーシェ、1756年、アルテ・ピナコテーク蔵):wikipedia

 

 

ロココとは、当時流行していた白い貝殻細工のロカイユ装飾に由来する美術様式。

下は華やかで軽やかで曲線的かつ複雑な装飾がほどこされた、ロココを代表するデザインの家具。

 

 

ロココの家具(1730年):wikipedia

 

美術史上でもロココはもっとも女性的で典雅な様式のひとつ。

それは庇護者であったポンパドール侯爵夫人の趣味だったからだ。

 

現代でも女性が主要な顧客であるショップやサロンには、背もたれに花柄の布、カーブした猫足の椅子がよく使われている。

それはロココの影響で、女性文化が華麗に花開いた時代のエッセンスがいまも活きていることの現れでもある。

 

 

2. ナポレオン3世の皇妃・ユージェニーの時代、フランス第二帝政

時代は進んで19世紀に移る。

 

 

ユージェニーは、マリー・アントワネットのファンだったため、当時の建築やインテリアの様式が人気復活。

ファッションもフランス革命後、やや細身になったシルエットからルイ16世時代のビッグシルエットに。

 

まさに流行は繰り返す

 

ペチコートの重ねばきは重いということで、考えられたのがクリノリンという鯨のひげや鋼鉄などを組んで作った枠。

 

 

クリノリンをつけた女性:wikipedia

 

 

一説によると、ユージェニーが妊娠していたおなかを隠すために、枠のふくらみを巨大化したとか。

 

後にグレース・ケリーがおなかを隠すために使ったことでケリー・バッグが流行するが、おなかのふくらみを隠さず堂々とレッドカーペットを歩く人が増えた現代って、いい時代だと思う。

 

ユージェニー皇妃のもうひとつの功績は、ドレスメーカーのシャルル・フレデリック・ウォルトを取り立てたこと。

デザイナーとしてはともかく、ビジネスマンとしてのウォルトは凄腕で、彼はパリ・オート・クチュールの始祖ともいわれる。

 

 

3.室内装飾家マドレーヌ・カスタンが活躍した20世紀

1930〜50年代に絶大な人気を誇ったインテリアデコレーターで骨董商でもあったマドレーヌ・カスタン(1894~1992年)。

 

ピカソやモディリアニなどのアーティストとも親交が深く、新しい美のスタイルを発信するディーヴァだった。

 

Portrait of Madeleine Castaing by Chaim Soutine, ca. 1929, at The Metropolitan Museum of Art :wikipedia

 

 

詩人のジャン・コクトーの私邸は彼女が手がけた。

書斎の50年代風のインテリアにはパンテール(豹柄)の壁紙とシェードが使われていて、いま見てもただならぬカッコよさが。

 

コクトーはカルティエを愛したことでも知られるが、カルティエにはパンテール・ド・カルティエと呼ばれる豹をモチーフにしたシリーズがある。

コクトーとカルティエへのリスペクトをこめてしつらえた部屋は、2010年から公開されている。

 

過去のさまざまな様式を彼女風にミックスしたネオ・クラシックなスタイルは、“カスタン・スタイル”と呼ばれる。

彼女独特の青色を“カスタン・ブルー”ともいう。

 

 

パリにあるラデュレ、ボナパルト店には、カスタンのアパルトマンをモデルにした、ずばり“マドレーヌ・カスタンの間”があり、いまもとても人気だそうだ。

90年代まで彼女は存命だったので、近くで本人とすれ違うこともあったらしい。

 

 

 

解説書の表紙には、この3人がコラージュされている。

ラデュレのビジュアルと装飾は、女性が好むエレガントでクラシカル、甘いけれどちょっと毒のある世界。

 

モチーフとしている3人の女性の背景を探ると、「きれい」「カワイイ」だけではない世界が見えてくるはず。

そこで気づいたことは、明日のテーブルセッティングや手袋の選び方を変える。

 

それがセンスを磨くという一生のテーマに通じていく。

 

 

では、本日もアドバンストな1日を。

自己啓発書が好きな人にケンカ売ってるわけではありません。

先日、久しぶりに友人と会い、話したことをまとめました。

 

 

 

 

 

ちょっと前、知人に勧められて自己啓発書を何冊か読んだ。

書評も出ていた本だった。

 

読みかけてすぐに思った。

 

 

「あほらし」

 

 

決してあほなことを書いていたわけではない。

ただ、以前どこかで読んだことばかり。

 

ほかの何冊かもそうだった。

 

 

著者がかつてわたしが読んだ本を読んでいたかどうかはわからない。

いや、きっと読んでないに違いない。

自分の経験からの気づきだと書いているのだから。

 

知人にとっては良書だったのだろう。

なるほど。

 

残念だけど、わたしには感動も衝撃も新鮮味もなかった。

ただただ既読感だけだった。

 

 

ものすごく雑にまとめると、自己啓発書が言わんとすることはたった2つ。

 

 

ひとつは「自分を愛しなさい」

もうひとつは「他人を許しなさい」

 

 

どんな自己啓発書も煎じ詰めると、どちらか一方に集約される。

枝葉を除けば、これらの言い換えに過ぎない。

 

そして“どうすれば”自分を愛し、他人を許せるのか、そのノウハウを書き連ねているわけだ。

 

わたしもたくさん自己啓発書は読んできた。

「自分を嫌って嫌って嫌い抜け」とか「他人を蹴落とし、とことん恨め」と書いてるものは読んだことがない。

 

 

 

数年前、以前お世話になった経営者の方と偶然会って食事をした。
 

「人生でどうしても許せない人物が2人いる。

死ぬまで奴らのことは許さない」

 

以前から気性の激しい人だった。

中小企業とはいえ、かつては新聞や雑誌に何度も活躍を報じられた人だ。

10人以上いた従業員は少しずつ辞め、いまはパートの事務員だけ。

 

「気楽でいい」と言うものの、このところ体調が思わしくないらしい。

許せない2人のうちのひとりを知っていたせいではないが、わたしは言った。
 

「もう許してあげたらどうですか。

きっと気持ちがラクになりますよ」

 

許せない3人目のリストに載ってしまったのか、以来彼から連絡はない。

 

 

スティーブ・ジョブズは17歳のとき、ある言葉に出会い、毎朝、鏡に映る自分にその質問をしていたとスタンフォード大学のスピーチで語っている。
 
「もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていたことをするだろうか」
 
「違う」という答えが何日も続くようなら、それは「生き方を見直せ」ということだとジョブズは言う。
 
 
わたしにも似たような質問がある。
もっとシンプルだ。
 
「いまの自分が好き?」
 
「違う」という答えが何日も続くようなら、それは「生き方を…(以下略)。
 

 

わたしは自分が好きだ。

昔は顔に強いコンプレックスがあったが、だからこそセンスを磨くことができた。

いまは、これはこれで味のある顔だと思っている。

 

そして嫌いな人がいない。

昔からそうだったわけではない。

むしろ感情の起伏は激しい方だった。

亡くなった父親とも確執があったが、それもなくなった。

 

年齢のせいなのか、自己啓発書の効果なのか、それはわからない。

ただ、ある日、ふと気づいた。

 

わたしって超ハッピー♪じゃん、って。

 

 

 

人はなぜ自己啓発書を読むのだろう。

多分しあわせになりたいからだ。
 

しあわせになるにはまず、自分を愛すること。

そして他人を許すこと。

それができれば心は穏やかだ。

 

大事なことなのでもう一度繰り返すが、自己啓発書に書いてあるのは究極この2つ。

 

ひとつは「自分を愛しなさい」

もうひとつは「他人を許しなさい」

 

 

自己啓発書を否定しているのではない。

お気に入りが2、3冊あれば充分だ。

たとえば、これ。

 

 

 

自己啓発書を100冊読むなら、1冊を100回読み返した方が身につく。

あるいは哲学や歴史や古典文学を自己啓発のために読めばもっといい。

 

たとえば、(毎度毎度)これ。

 

 

 

読みやすい本ばかり読んでたら、思考力が奪われてアホになる。

読み応えのある本は、思考力を鍛えてくれる。

辞書を引きながら読めば言葉も覚える。

自発的に調べて覚えた言葉は忘れない。

 

 

わたしは勧められた本をまとめてブックオフに売った。

これでまた新しい本が買える。

 

 

では、本日もアドバンストな1日を。

 

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※わかる人にはわかると思いますが、表題は映画『コミック雑誌なんかいらない』に愛をこめて。わたしのトラウマ映画なので(多分)もう二度と観られませんが、名作です。

 

 

そしておおもとは、この曲!