”11.18”
毎年この日を迎えると特別な気持ちになります。たった一人、僕の兄 正詞。その命日だからです。

以下、今日は兄の事を偲ぶため長文になります。あらかじめお許しください。


兄は警視庁刑事部 捜査第一課の刑事でした。
(捜査一課とは強行犯 = 殺人、強盗、暴行、傷害、誘拐、立てこもり、性犯罪、放火などの捜査を担当する課です。)

兄が殉職して15年。
毎年この日にあわせて当時捜査官(現役の捜査官も!)だったみなさんが偲ぶ会を開いてくれるのです。
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15年前は凶悪犯罪も今以上に相当多かったらしく、ほぼ寝る暇も無いほどに激務だったそうです。当時オウム事件で現場検証してる兄のうしろ姿を毎日のようにテレビで見ていた記憶があります。
そんな頃、一緒に凶悪犯罪と闘っていた同志(同僚や先輩上司)がいまだに当時を偲んで兄の話しを聞かせてくれるんです。15年経って初めて聞くような逸話まで。

今も警視庁刑事部には兄貴のロッカーが有り、その中には当時の背広が掛けられたまま保存されているそうです。後輩捜査官に教訓として教えるためにとのこと。15年も経てば当然ながら捜査一課のメンバーも世代交代し、かつての先輩の武勇伝など風化して当然ですが当時の兄貴の生き様を後輩に伝えるためにもロッカーはそのまま保存してくれているようです。
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兄が殉職したのは34才。正義感の塊のようなひとでした。国のために働く。とにかく熱血な刑事でした。
兄は道半ばで無念だったと思います。僕は今、兄より年上になってしまいました。兄のなし得ることが出来なかった分まで代わりに生きてやろうとおもっています。


僕自身、外務省の依頼で国の代表としてヨーロッパで演奏させてもらう機会も増えてきました。とはいえ「伝統を守りながら伝統を壊す!」というモットーを変えるつもりはありません。伝統に対して受け身なことと、伝統を守るということは違うと思っています。僕は伝統を守るために、主体的に伝統を破壊しているのだということをお伝えしたいです。言葉も文化も違う他国で日本の伝統を振りかざしてもただの”物珍しい”異国の文化。伝統を守るためには海外でも認められるものでなければなりません。そのために考え、試行錯誤する今日この頃。。

兄の志しのようにお国のためになれる日はいつの日か。。三味線弾きとして日々勉強です。