致命的にセンスがないと気付いたのは、いつ頃からだったろうか。
社会人になってからは、特に強く意識するようになった。
きっと、自分のセンスではお金になることがないという事が分かり、世界共通認識のセンスが無ければ、お金が発生しないという事を痛感したからだと思う。
もし、自分が持っているセンスが世界に唯一しかなく、それに価値があると見出されたのならば、そのセンスにも存在価値があっただろう。
けれど、自分が持っているのは汎用、それでいてダサい。
私という個性なんて埋没してしまえ!と思っていても、
じゃあ、君のセンスで。なんて言われると妙に張り切って空回って、結局はダメ出しの嵐。
君に任せたって言ったはずのクライアントはセンスが無い奴に当たってしまったな。って顔をしている。
それで思うんだ。自分にもっとセンスがあったならって。
休日に町に出て気分転換をしてみる。
感性を磨くという事が必要なのかもしれない。
町を歩いていると、日本家屋を改築したような雑貨屋が目に付いた。
看板は木彫りで大きく「近藤堂」と書いてあった。
こんなお店あったっけなと思いながらと、ふらりと立ち寄る。
そこには和風の雑貨がたくさん置いてあった。お香や何に使うのか思いつかないような壺。
そして大量のセンス。
センス……?
あまりの種類の多さにしばらく惚けていた。
固まっていたら店員さんに声を掛けられた。
「センス、お探しですか?」
確かに探していると言えば探している。だけど自分が探しているのはこのセンスなんだろうか。
「あ・・・・・・いや、センスがないなぁって思うことが多くって」
自分はいったい何の話をしているのだ。
「なるほど、そういう方よくいらっしゃいますよ」
「いや、自分が言っているセンスっていうのは……」
言葉を遮って店員さんは続ける。
「分かります!センスないと困りますよね。誰にでもっていう訳ではないんですけど、特別ですよ。
お客さん、いいネタ持ってそうだし」
「こんなところでネタなんて披露出来ませんよ!」
何だか話があらぬ方向に行きそうなので慌てて断ろうとするも店員さんの勢いは衰えない。
しょうがなく、私は新作を2本披露する事になってしまった。
それに満足した店員さんに店の奥に連れて行かれる。
「これがとっておきのセンスです」
どう見たって普通のセンスだ。普通よりも地味なぐらいだ。
「とっておきって。店頭にもっと素敵なセンスがあるじゃないですか」
「何言ってるんですか?店頭にあるのは扇子ですよ」
段々と頭の中が混乱してきていた。
ここは、流れに身を任せるしかないと、
店員さんの手から受け取ってその扇を広げようとすると大きな声で止められた。
「それを広げるのは今じゃありません!」
びっくりしてセンスを床に落としてしまう。
それを拾いながら店員さんは私に忠告をした。
「これを広げるのは、自分にセンスが無いなと痛感した時にしてください。
そうじゃないと、効果が薄れますから」
何だかよく分からないけれど、とにかく店員の近藤さんにお礼を言ってその店を後にした。
そのセンスは鞄に忍ばせたまま、しばらくの間、その存在すら忘れていた。
ある日、またクライアントの無茶な注文に辟易していた。
大きく深呼吸をして目頭を押さえる。
目薬を注そうとして、鞄の中を漁る。
そして、いつかのセンスを見つけることになる。
そう言えば、こんな物もあったなと私はそのセンスを広げてみた。
そこに書いてある事を見て、私は声を上げて笑った。
デスクの横にいた同僚が何事かという目で見てきたけど、思い出し笑いだからと言い訳した。
目薬を差して、パソコンへと向き合う。
なんだこんな単純なことだったのか。
視界を覆っていた靄が晴れた気がした。
そのセンスに何が書いてあったかって?
それは私のセンスであり、世界共通認識のセンスだから、教えてあげるわけにはいかない。