世界はせまい 世界は同じ | おはしょり稽古
2005-09-01 10:15:41

世界はせまい 世界は同じ

テーマ:劇評

ポツドール

「ニセS高原から」

作:平田オリザ 演出:三浦大輔

@こまばアゴラ劇場


サナトリウムという場所が広がりを持って感じられたのが三条会の『ニセS高原から』だったが、ポツドールの作品の舞台は非常に狭苦しい。いつ回復するか分からない病人とその関係者たちの、些細な苛立ちがそう見せているんだと思う。


患者たちの雑談の一つに、堀辰雄の「風立ちぬ」についての話がある。「風立ちぬ いざ生きめやも」ってどういう意味だろう、あの話みたいなことって実際あるのかなぁ、などと結構長いこと話題にされるのだが、ポツドールのサナトリウムでは、

「お前『風立ちぬ』がどうとかって寒いんだけど」

で一蹴される。もっと楽しいこと、たとえばサンボマスターがどうとか、あの患者はヤバいとか、そういうことの方がここでは大事だ。

皆が面白おかしく過ごしたくて苛々している。この空気なら、確かに森田剛が馴染むだろう。


彼女の結婚が決まってふられる村西という患者は、不意をつかれて逆ギレする。八つ当たりされて、報告に来た彼女の友人も逆上する。それでも他人が来れば会話が途切れて、二人になったあとも一応お互い謝って別れてしまう。

すごい閉塞感だ。我を忘れて怒鳴れなくなった人達の苛立ちが、八つ当たりの連鎖を経て登場人物全員に広がっていく。

何度も何度も看護人呼び出しのベルが鳴らされるのがとてもよかった。仕事中である分、看護人は患者よりも鬱屈していて恋愛沙汰に走る。ポツドールの芝居は「ドキュメンタリー」と言われるけど、テレビならこんなに卑近な視点では撮らないだろう。看護する側の余裕の無さは、たぶん一番報道してはいけないところのような気がする。


キャスティングが適格だ。わーこぅゆう女ったらしっているよな確かに、と思わせるのが上手い。

笑ったのが本間一郎という患者で、彼は面会人が来るわけでもなく、話の中で独立している。くしゃみが三回出たからと言って自分の容態を心配したりするような人なのだが、皆がリアルに苛々しているだけに、周りから逸脱した彼のキャラで解放された。つられて苛々してしまうことも多いが、たまに笑える所があって少し風通しが良くなる。


公演が終わって出口に向き直ったら、二人連れらしい男女のうちの男性が、かがんで劇場を出ようとしていた女性の頭を押さえつつ、腰に手を回していた。

今見た舞台が、現実に降りてきたような気がした。

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