ひとり芝居ができるということ | おはしょり稽古
2005-07-07 03:12:32

ひとり芝居ができるということ

テーマ:劇評

SOMA組

「SOMA THE BEST」

作:早馬瑞陽・本間商事・下山リョウ・後藤博之・藤田亜希

演出:早馬瑞陽

@しもきた空間リバティ


ひとり芝居、と聞いて何を連想するだろうか。筆者は腹話術を連想した。

パントマイム、或いは「エンタの神様!」などに登場するどの芸人にも、SOMA組のひとり芝居は似ていない。ひとり芝居、という感じも観ていて起きない。オーソドックスな会話劇がメインの、紛れもない正統派演劇だ。


「TOKYO LADIES XIII」には、五人の女性が登場する。引きこもりの一人息子を持つ母親、営業マンのOL、志敗れて不登校になってしまった高校教師、出会い系に登録している女子高生、そして四人が居合わせたハーブティーの美味しい喫茶店に勤める、ウェイトレス。

高校教師はPTSDで、高校生に話しかけると発作が起きる(精神治療を受けて多少軽減はしている)。

班の班長を務めるOLは、後輩の男子社員とうっかり寝てしまって気まずい。

ロンタイのノースリーブのドレスだけで、SOMAさんは五人を演じ分ける。衣装を変えたり一切しないし、声優のレッスンを受けた経験があるから無理に声色を変えたりしない。舞台には椅子の代わりのブロックが四つだけだけど、ウェイトレスは同じ高さの机に正確に伝票を置く。

些細なきっかけで話すことになった四人は、やがてお互いの状況を打ち明けるようになる。たまに照明が変わって一人が客席に向かって語ったりして、間延びしないような造りに仕上がっている。

軽妙で、殆ど笑いっぱなしに笑える。なのに文章にしようとして舞台を思い出すと、優しい雰囲気に今更のように気づいて涙が出てきそうだ。SOMA組の芝居は総じて暖かく終わるものが多い。そのくせブラックな要素もあって本当に不思議な芝居だ。

上に挙げた「TOKYO LADIES XIII」にもちょっとブラックな笑いがあるが、SF物の短編には毎回、胸を衝かれるようだ。

「THE EDGE」では、三人の少年たちの会話から三人の暮らす未来都市の全貌が浮かび上がってくる。これも装置は殆ど無く、SOMAさんの服装も「すごいよ!マサルさん」の花中島マサルのように肩に輪っかがはまっていたりしない。何も無いから逆に、生身の人間の体を持った三人の「常識」がくっきり届く。風が吹く大地でのラストには本当に救われる思いがした。


甘えが全然無い人だな、と思う。

どんな人間にでも(稀に蚊とかカエルとか悪魔になったりもするが)なれる人の素顔は、だいたい素直であることが多い。偏見やコンプレックスを昇華して何かを表現できる人は、天才ではないにしても紛れもなくプロだ。そして天才でない人の方が面白い場合もよくある。

チケットノルマ、公演日、演目の決定や稽古等、ひとり芝居には上からの押しつけが一切無い。「役者しかできない」人間には不可能な芸当だ。個人的な経歴などは殆ど存じ上げないのだが、凛として底無しに素直な人のように、何となく思える。

芝居の技量もさることながら、そんなSOMAさん自身に知らず皆惹かれていくのだろう。


小劇場演劇に片足を突っ込んでから知ったかぶりしたくて色々な芝居を観てきたが、このSOMA組は唯一、本気でファンになった劇団である。

ファンになってしまったので何となくレビューを書きにくかったのだが、ライターの三上その子さんが「詩学」六月号に掲載した舞台評を読んだこともあって拙いながら今回書いてみた。(だから少し三上さんの文章の影響も受けてしまっている)

彼女のすごさがもっと伝わればいいと思うけど、公演日数がすごく増えたりしたら、一つしか無い体が心配だなぁ。

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