稀に見る凄惨な事件となってしまった、座間市の9名殺人事件ですが。

その後のマスコミの取材で、亡くなった女子高生の父親様が「娘は必ず帰ってくる」という内容のことをお話ししているのだそうです。

 

すごく辛い言葉で、マスコミの取材に懸命に答えているのだと思い、読んでいて辛くなりました。
が、ネットで色々な方の相談スレなどを拝見していると、その中には中学生くらいの子もいれば、このお父さんと同じくらいの親の年齢の方もいらっしゃいます。

そして、そういう角度から考えますとちょっと違った面が見えてくるんです。
 
まず、現時点の報道(それを信じると仮定して)では、

この娘様は、自殺願望という部分があり、犯人と繋がりができたということです。

が、このお父様はその娘の変化、悩みに「気がついていなかった?」

もしくは「気がついていたけれど対応できなかった」ということになります。

さらに、ネットなどでこう言った他の男性とやりとりしている事も把握できていなかった。という事にもなってしまう。

もちろん今の時代、子供、もしくは逆に親の行動をすべて把握するという事なんて不可能なのはわかります。

しかし、自殺を考えているという非常に大きな部分の変化に気がつかない、気がつけないというのは、

こういう事件の中で正しい言葉なのかわかりませんが、親として失格の部分もあるのでは? と思ってしまうんです。

娘はどうして親でなく、全く知らない人に相談をし、そして家にまで行ってしまったのか?
これは簡単に言えば、親よりもその人の方が「なんとかしてくれる」と考えたわけですよね。

親として悲しいことです。

親子の関係というのは時代とともに変わっていきます。

子供はある意味で世界中の情報が手に入るネットを使えます。

すると、親としては与えられる「情報」というのは本当に少なくなってしまうんです。
例えば、「歯磨きはどうやってするの?」「子供ってどうやったらできるの?」「いじめられたらどうするの?」って、今の時代、親には相談しませんよね。

ネットで調べればいくらでも情報が出てきてしまうんです。良くも悪くも。

でも、親は親なんです。最後には親なんです。

言葉は大袈裟に聞こえるかもしれませんが、ネットの情報は「知識」は与えてくれても「愛」は与えてくれません。

どうか親は子供に対して「もう聞いてくれない」と諦めないでほしいんです。

「しつこい!」と言われてもいいんです。

それでもしつこく心配して、声をかけること。このこと自体が愛だと思うんです。

親孝行をしたいけれど、どうすればいいんだろう? って考える事自体がすでに親孝行なように。