●幸せなお金持ち短編集「⑥値札のついてない店」マヨ♪

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＜時生ショートストーリー第6話＞

その日、時生（トキオ）は
ちょっとだけ、疲れていた。

特に理由があるわけじゃない。
でもSNSや広告を見ていると、

「これが正解」「これを買え」

っていう空気に
押しつぶされそうになる。

　
そんな気分のまま、
いつもの商店街を
ぼんやり歩いていた。

　

ふと、目に入ったのは
「値札のついていない店」

古いガラス戸の奥から、
木の香りと
コーヒーの湯気が流れてくる。

　

吸い寄せられるように、
その扉を開けた。

　

中は、小さな古道具屋。

古びた椅子。
錆びたランプ。
味のあるコップや鞄。

でも、不思議なことに──
どれにも値札がついていない。

　

「いらっしゃいませ」

奥から現れたのは、
白髪でにこやかな老紳士。

　

「うちは“値段”じゃなく、
“意味”で売ってる店なんです」

　

「……え？」

　

「たとえばこの椅子。
ただの古道具だと思えば0円。
でも“母の記憶が蘇る椅子”に見えたなら、
それなりの“心の支払い”が必要ですね」

　

時生は思わず笑った。

「それって、つまりどういうこと？」

　

老紳士は、
ひとつのノートを差し出した。

　

「これは、書かれてもいない、
ただの古ノートです。
でもあなたが
“昔の夢”を思い出したなら──
その分、価値がある」

　

ノートを手に取った時生は、
ふと若い頃の記憶がよみがえった。

カフェで構想を練っていた
“自分だけの空間”のスケッチ。

　

「……これ、いくらですか？」

　

老紳士は言った。

　

「あなたが、
またその夢を信じられるなら──
無料です」

　

帰り道。

ノートを胸ポケットに入れながら、
時生は小さく笑った。

　

なにも買ってないのに、
なにかを“取り戻した”気がしていた。

　

あの店はきっと、
“お金で買えないもの”を

売ってるんじゃない。

忘れていた
“大事な気持ち”を
思い出させてくれる場所だった。

　

📝あとがき（時生より）

値札がついてるから買うんじゃなくて、
“心が動いた”から手に取る。

高いとか安いじゃなくて、
どれだけ“意味”を感じたかで
価値は決まるんだね。

　

今日もまた、
あのノートを開いてみようと思う。

何も書かれていないけど、
未来の自分が、
なにか書き加えてくれる気がする。