船長の最後退船義務 | とある海事代理士・行政書士の戯言
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船長の最後退船義務

艦長(軍艦)が艦と運命を共にするというのは良く知られていますが、船長(商船)も少し前までは船と運命を共にすることがありました。


それは、船員法により最後退船義務が定められていたためです。


今回はこの最後退船義務が定められた経緯を見ていきたいと思います。


旧船員法議事録によると、明治31年5月17日の会議では


第18条

船舶に急迫の危険が生じたるときは船長は人命、船舶及び積み荷を保護するために必要な手段を尽し且旅客、海員其の他総て船中に在る者を去らしめたる後に非ざれば其指揮する船舶を去ることを得ず


という案でした。この案は特に問題なく通過しました。


ところが、明治32年2月15日の会議では


第19条

船舶に急迫の危険あるときは船長は人命、船舶及び積荷の保護に必要なる手段を尽したる後に非ざれば其指揮する船舶を去ることを得ず


に変更されました。


この理由として


起草者 田部 芳

「『必要なる手段を尽し』という以上、他のことを言う必要はないでしょう」


とのことでした。


しかし、大変な反発を食らいます。


穂積 陳重

「大変文章は良くなったように思いますが、一番最後に船長が船を去るということを除いてしまったのは大変惜しい。船長は非常な重大な責任を負って人命及び財産の保護に任ずるものですから、法律上の義務として残すべきです。」


土方 寧

「私も穂積君と同感です。新聞などをみると必要な手段をなさないまま船長が逃げ出してしまうことがあるようです。明瞭に文字に言い表わしておいてもらいたい。」


加藤 正義

「船長の最後退船は世界一般の習慣になっているから、それを法律に規定しておいた方がいいでしょう。」


逓信省 湯河 元臣

「船長が最後に去るということは、主務官庁としても誠に置きたい規定です。起草委員から『必要なる手段』に含まれると説明があったのですが・・・」


梅 謙次郎

「私も穂積君の意見のとおり、明文に残した方がよろしいと思います。」


ということで、最後退船義務が復活したのです。


船員法 第19条

船舶に急迫の危険あるときは船長は人命、船舶及び積荷の保護に必要なる手段を尽し且旅客、海員其他船中に在る者を去らしめたる後に非ざれば其指揮する船舶を去ることを得ず


この規定は昭和22年に制定された現行船員法12条にも踏襲されました。


船員法 第12条

船長は、船舶に急迫した危険があるときは、人命、船舶及び積荷の救助に必要な手段を尽し、且つ旅客、海員その他船内にある者を去らせた後でなければ、自己の指揮する船舶を去ってはならない。


しかし昭和45年のかりふぉるにあ丸遭難事件で船長が「船と運命を共にする」と言い残して退船を拒否したことを受け、船長協会が改正を働きかけた結果、現在の条文になっています。


第12条

船長は、自己の指揮する船舶に急迫した危険があるときは、人命の救助並びに船舶及び積荷の救助に必要な手段を尽くさなければならない


起草者に先見の明があったのですかね。