原因は、猟銃免許取得の方法を変えたからだと思います。
私は、猟銃免許を高校3年の時に取りました。
この当時は、講習を受け試験に合格すればOKでした。
しかも、点数が足らなかった人は個別に呼ばれ対応されていました。
基本全員合格でした。
なぜ? と聞いたら落とすためではないとおっしゃっていました。
ただし正式な免許は、猟銃を買って警察に届け出て発行されます。
私は、就職してから5万円の中古猟銃を買って警察に届け出たと記憶しています。
猟銃は、保管とか年間何発か使用しないといけなかったり5月の連休中に警察に猟銃を確認してもらう必要があります。
私は、クレー射撃(一緒に取った高校の友人は狩猟が主)しかしなかったのと当時ゴルフもしていたので両方を続けられず猟銃の所持はやめ免許は返納しました。
私が、猟銃免許を取ってからすぐに猟銃免許の取得方法が変更されました。
変更後は、まず銃を購入しクレー射撃で一定以上の点数を上げないと試験を受けることが出来なくなりました。(違っているかもしれません?)
クレー射撃が中々当たらなくて苦労していた時期なのでこれからは大変だなぁ~ と思いました。
尚、狩猟をする場合は必ず熊用の散弾をチョッキの左胸上部に2発常備します。
何時でも熊が打てるように・・・。
どうも、銃がだれでを取れる物から限られた人に与えるものに変わったらしく・・・。
結果、猟銃を持つ人が大幅に減った。
大日本猟友会より
狩猟免許制度が現在のような試験制度になった昭和54年度(1979年度)においては、免許交付数は約45万件で、そのほとんどは銃猟免許であり、網・わな猟免許の交付数は約1万件ほどでした。現在では全体で約21万件の狩猟免許(ただし重複所有者あり、狩猟者の実数は約15万人)が交付されています。
グラフを見て解るように、若い人(18~39歳)の猟銃保有者は2万人(わな猟が多く実数1万)程度しかいないのです。
猟銃免許の取得方法が変わってから銃の保持者は激減したのです。
従って狩猟をする人が減り、その時偶々出会った熊の処理も殆ど無くなった?
多分、あと数年で猟友会に頼むことすらできなくなります。
本当なら、猟銃取得者の動向を見て対策を立てる必要があったのです。
ただし、熊の駆除数はツキノワグマが1000~4000頭、ヒグマが400~900頭で推移しています。
PDFは下記クリック
駆除数が減っているかと思ったらそうでもないようです。
猟友会(年配者)が頑張っているようですね。
獣は、山に木の実等の食料が減ると里に出てきます。
下手に山を開発すると痛い目にあいます。
それと、イノシシや二ホン鹿・タヌキなどもこの20年で異様に処分数が増えています。
山や森が適切に(国内森林資源を使ってない)管理されてないため動物が増えているのかも知れません。
熊にとっては、エサが豊富。
原因は、猟銃保持者が減ったからではないようです。???
でも、62%の60歳以上の人達が銃を置いたらどうなるか? 解りますよね!
昔はマタギの方も致し、害獣駆除目的で猟銃を所持していたお百姓さんも居ましたのでその方達が、害獣駆除した後猟友会にその都度報告したとは思えません。
美味しく食べて終わりだったと思います。
従てPDFの最初の駆除頭数が少ないのは、実数に反映してないのではないかと思います。
実家の前の家が火薬(銃器)屋さんの住居だったので、子供のころ普通に空薬きょう(散弾なのでライフルとは違います)で遊んでいました。
その当時、雉やイノシシそして野ウサギの肉などを分けていただいていました。
ここは、銃砲店を生業にしていたので報告しているでしょうが、田舎の親戚は報告しているとは思えません。(ここでは蛇とカエルの肉を食べました。)
今は、害獣駆除のために猟銃を持つ人はいなくなったのではないでしょうか?
実数が急に増えているのは、そのためではないかと思います。
では、どうして最近熊が人里に増えたのか?
- 山の木を利用しなくなったため人の手が入らず荒れたため獣が増えた?
- 狩猟を生業としていた人や害獣駆除目的に持っていた人が居なくなった。
- コロナの時にキャンプが流行ったのでその時残った残飯の味を知ったがブームが去って食べられ無くなったため、美味しいエサが食べたくなった?
- ソーラ等で山が開発され食料が乏しくなったので里に下りて来た?
やはり原因は、複合的なのでしょう。
いずれにしても、熊の駆除は猟銃保持者の推移を見ても若い人は猟銃を持っていません。
従って、行政(警察)が対処するべき時期に来ていると思います。
熊駆除経験者が居る内もノウハウを吸収する必要があります。
物事は、良いと思ってやったことが悪い結果になることが往々にして有ります。
これもそのうちの一つでしょう。
記事を書いてみて、思い込みで判断してはいけないなと思いました。
データーは重要で考察も重要です。
データも考察も中途半端ですが終わりにします。
以上

