盆を過ぎれば | ELECTRIC BANANA BLOG

盆を過ぎれば

しい風が吹くよ、ハニー。奴が来て、つまらなさそうな顔をしてっていったよ。思えば、奴が私の作ったモノに対して、曲でもなんでも、めるとか最高だとかコレは傑作だ、とか言った試しがない。毎度毎度、つまらない顔をしてませる。それだから、こちらはいろんなエサを意しないといけないわけで、今回はずいぶんとDVDを焼かされたよ。という所で今日の一枚、ずいぶんけた指先。


ELECTRIC BANANA BLOG-オメェ、もう少し太れよ

て。

 

最初の勢いというか、毎度話はそうだけど、モチベーションがずいぶんと下がってしまい、結論がでないままどうしよっかな、という放棄状態でうやむやにしようとしています。元々、論が出る話でもないし、人それぞれ、という曖昧なままですますしかないのかもしれませんけど、でも、それではいけないような気もしますので、一番良いのは、これからもぼちぼち考えてゆくのでひとまず、ということにしといてください。

 

そこで、今日は、私が何故に、こんなにしちめんどくさく、評価に拘るか、という話にた話をします。

 

最近はずいぶん曖昧になりましたけど、ちょうど二十歳ぐらいの頃、音楽のき方がずいぶんと変でした。岐阜でギター会社に就職した頃、ちょうどはバブル。こんなどうしようもない男の元にも、小が入ってきた時代。おまけに、その頃はずいぶんモテた。他の彼女とデートするために、別のお嬢さんからほとんど詐欺同然でお金を借りてさないとか、普通にやってました。

なので、アルバム欲しいな、と思っても一応、お金には自由して無いというか、銀行もカード一枚でお金とか貸してくれましたし()。問題はクルマを持ってなかったので、近所のCDショップといってもコレがまた住んでいる所が夕方には日が沈む、っていうぐらいに間の町でしたので、電車に乗って隣町まで、というめんどくささ。今みたいにネットでョッピング、とはいかなかった。

 

ですけど、たまに名古屋とかに出ると、こたまCDとかケンさんの小説とか買い込んでました。その時に、私の中であるジャンルけがありまして。それが、く音楽、く音楽、む音楽、でした。

 

聴く音楽、というのはズバリ、好きなアーティストのアルバムで、時でしたらREBECCA全アルバム購入、とか、SHADY DOLLSとか集めてました。時々、テレビで見たアーティストにかれて、アルバムを買ったりとかは普通にしてました、陣内大蔵さんとか。

叩く音楽、は当時ワタクシ、ドラムを叩いていましたので、バンドでやる曲とか、後は習のためのテキスト的なアルバムです。ガット・ギャングとか、そのだったんじゃないですか?

嗜む音楽、というのは、もっと大きな視点で、いておいた方がイイ曲、名盤と呼ばれるアルバムだったり、逆に当時流行りの音だったり。名盤、と呼ばれるのは、良く覚えてないんですけど、行り、という意味ではデトロイト・テクノとか出ていた時代だったので808ステイツとか、ジーザス・ジョーンズはちょっと早すぎたアルバムでしたね。

 

もちろん、中間が曖昧であったり、後日、叩く音楽が聴く音楽に変わったり、嗜む音楽が叩く音楽に変わったりとかは自然にしてましたけど、私の中ではそういうジャンル分けが確実にあって、それから実は今の今まで、く続いている部分もあります。

先日もお話ししましたとおり、最近のCDの買い方は、ほぼギターマガジンがカギをっていまして、そういう意味では叩く音楽、が今は弾く音楽に変わっていて、それが中心になってます。その間に、聴く音楽が挟まっていたりするんですけど、それはもう数年位でしか出ませんから。

 

ただ、弾く音楽がギターの場合、かなり嗜む音楽と義なところもあって、ロバート・ジョンソンとか、今もクラプトンとか聴いているんですけど、元々ギターマガジンに譜例が載っているので買ったんですけど、クラプトンだから聴いておくべきだろう、という面もありますし、ちょっとレイド・バックしたブルースは、時々私の心をしてくれます。

複合的に、こういう言い方はおかしいかもしれませんけど、沢に楽しめる音楽は、自然と名盤とか、買いのアルバム、ということになっているような気がします。最近では、サンタナのカバーアルバムなんか、一粒で二度味しい感じでした。

 

一方、せっかくアルバム買ったんだから、ギター弾かないと、的な感じでいているのが、ピンク・フロイドです。なんとなくかれていたのは事実なんですけど、実際にアルバムを買って、聴いてググッと来て、弾いてグリグリ来たのね。いろんな意味で、私にンクロした。

それは後日しく話すとして、それ以外、というとなんかデフ・レパードとかヴァン・ヘイレンとか弾いてるし、なんだかな、それなら別にギターマガジンとか関係ないじゃん、とか思うし、結局、一番長く弾き続けているのは、STONESのシンパシー・オブ・ザ・デビルのライブ版だったりとかするし。まぁ、でも、先日ももうしましたとおり、そういう何か針みたいなモノがないと、CDとか買わなくなったし。

 

で、それは何故かというと、コレはもう、このブログを長く読んでいる方は知っていると思いますけど、この世で一番きな音楽が、エレクラだからなのね()

 

?STONES?といろんな方がおっしゃるでしょう。私の中では、別物なんですけど、敢えて言うなら()。それもね、長話の最初で言いましたけど、同じ表の上で勝負している、と私などはおこがましくも思っているからなのね。

STONESは私の中で、く音楽の今は筆頭で、弾く音楽までになったのは実は最近、先ほどのライブ版のソロを弾き初めてから。といってそれSTONESの曲はギターで弾いていないんだけど。でもそうやって、キースのギターを、自分の先でなぞってみると、新しい発見があって面白いな、と思ったのは事実。

 

ただ、STONESは、多少、ケンさんの本などを読んで、ちょっとこういう言い方は変だけど、されたようなところがあって、音楽として受け入れるよりも、スピリッツとして身体に馴染ませた、という面が強いのね。何故、こんなにSTONESきなのだろう?なんてコトは、あまり考えなくても済むことだけど、私は敢えてえた。

その結果が、エレクラの音ではなく、活動というか、構えに落ち着いたのね。

だから、敢えてエレクラSTONES通点を挙げるなら、もうコレは他に浮気せずに、長くやり続けている、という所だけで。音はまるっきり質も量も中身もうけど、やってる本人は、STONESと何ら変わりなくやっているつもりなのね。もちろん、それは私の中だけに在するモノで、姫などは片手間で「どうせ」な気分でやっているに違いないんだけど。

 

とにかく、今はめて、STONESをもっと体感するというか、自分なりのSTONESとの付き合い方を模索するというか、別に言葉にする必要はないのかもしれないけど、でもね、そういうことを考えるのが楽しいのね()。言葉にすると言葉に縛られる、ということはあるんだけど、それにしてもSTONESは奥いよな、と思うのね。

それにはともかく、音だけに耳をませる、ということが大事だな、と思っているのね。

最近は、いろんな情報が、いろんな所から入ってきて、て余すことが多い。それに惑わされようと思えば、単に惑わされることが出来る。そこで敢えて、ちゃんとき合う、ということに集中することなんだと思うのね。そういう時間は、人生にとって必要不可欠な時間ではないけど、産には違いないと思うよ。

 

なんてね、奴とももう十年以上の付き合いでお互いに年齢による体質化が著しいよね、って言ってみました。勘のイイ方はたぶんもうお気付きの通り、ウチのスタジオに奴がる、ということはもちろん、エサに釣られて姫がエレクラの仕事をする、ということです。近々、たぶん来週の水曜日ぐらい、ドドンとんでもないモノを発表しますので、お楽しみに、ってコトで。

 

それでは今日はこの辺で、ごきげんよう。