僕らがポルシェを愛する理由 | ELECTRIC BANANA BLOG
2011年08月17日(水) 01時08分52秒

僕らがポルシェを愛する理由

テーマ:書物

っているよ、ハニー。先日ちょっこしお話ししました、のゲームですけど、際限がないので期限を決めてやる、ということを言ったの覚えてる?実は、ちょうど暑いし、とか盆休みがあるし、とかいろいろあって、場つなぎのつもりでちょうどイイやと思ってめたのね。でも、なんとなく、かすことでも無し、こういう生活をしている以上無理も言えず、もうちょっとかかるのかな、という不安定な時間が現れてきまして、折りも折り、違うやり方でやってみてぇなぁ、というのが思い浮かんだりとか。なので、今のところもう頭打ち、っていう感じになってきたので、このまま新たにゲームを始めるか、当初の定通りに、コトを急くか、迷っております。ということで、今日の一


ELECTRIC BANANA BLOG-栞付いたままで
 

て。

 

一応ケンさんシリーズは、一落。そろそろまた、ネットで旧本を漁ろうかと思ってますけど、他にもいっぱい溜まっているし、そもそも今年は、ガンダムUCまで読む、ということが宿願だったはずで、寄り道が過ぎると思わないでもない。一応、読書のペースはちているので、どれでも良さそうなものだけど、次に何を読むのかさえ、迷ってます。


ELECTRIC BANANA BLOG-ごめんなさいね

で、ポルシェ本ですけど、この本の姉妹本、アルファ・ロメオに関しては二度読んで、ポルシェはめて。でもなんとなく、めて読み返したような印象があるのは、きっと私の中のカッコイイの基準とか、イカしているの基準が、ケンさんの著作によって培われたせいだろうな、と思うのね。

 

先日のMAC本は、どうも所々ただけない所があった。それはもう、窓使いが読むMAC本、という場の違いみたいなところが原因で、どちらがどう、という話ではない。でもね、同じ、ケンさんの好みを聞かされていても、クルマに関しては心して聞くことが出来るのは、ある理由があると思うのよ。

それは、MAC本ではもう、し様にWindowsの悪口を言う。とにかく、OSの悪口、というより、それを使っている人間の操のなさがいただけない、というような感じ。ケンさんの好みに、最大限のリスペクトを持っている私は、それで何かひどくち込んでしまう気がする。そんな風に思って使ってないんだけどなぁ、って思いながらも、ちょっと自分を下してみたりする。

 

一方、クルマの方は、ポルシェの本でありながら、時々フェラーリの話がてくる。オレはポルシェ派だぜ、というのが笑ましく聞こえる。というのも、フェラーリなんか乗らないぜ、と批判しながらも、でもかっこいいんだよな、クショウ、という本音が見え隠れする。そこら辺が、安心の由なのね。

つまり、まずはクルマ、という物に対する偏執的とも言える、を持っているのが大前提で、後は好みの問題、でオレはポルシェを選ぶぜ、オレはスーパーカーを選ぶぜ、オレは大衆車で結構だ、という風に枝葉に分かれるんだと思うのよ。それぞれが、意地の張り合いというか、ある種の悪口を応酬していても、同じ平の上に立って、木の上から、湖の畔から、雨宿りの軒下から、それぞれ言いたいことを言っている感じなのよ。

 

結局、クルマって良いよね、っていう部分では感していて、仲がこじれたらそこに戻ればマイッカ、というのが、やはり安心に繋がっていると思うのね。

 

私も車は好きだけど、それでもここまでのりはないな、と思う。とりあえず、どんな車でもミッション車であれば申し分ない、という時点で、今の時代かなり拘っているのかもしれないが、手にアクセルを踏めば走るクルマなんて、クルマじゃないぜ、とまで時々言ってしまうので、やはりそれは拘りなんだろうか?

でもね、エンジンがどうのこうの、スポイラーがサスがインテークがどうのこうの、といういわゆるペック的なものには、一切興味が無く、ミッション車であれば、というのも要はクラッチが踏めれば、というのに尽きるかもしれない。ギヤ比がどうの、ミートポイントがどうの、などはまったく係ない。

 

前の仕事、という言い方も今何かやっているみたいで心苦しいけど、とりあえず最後の就職先で、私は時々、トラックを転していた。製品をクレーンで積んで、工場に運んでいくのだけど、コレがまたかなりの運転テクニックを要する道を運転しないといけないわけ。まれてこの方、トラックなんて運転したことないし。

それでも、慣れてくると楽しくなってきて、まぁ、車長とか、身体で覚えれば、時々違うクルマに乗ることが出来る、というのはしいもの。先日、機能制限があるのがどうも気になる、という話をしたけど、クルマの免許も、AT限定なんて、クルマの楽しみの半分をっているような気がする。

 

つまり、私の車に対する拘りは、クルマを転することにある。というより、クルマそののにはない。だから、クルマには乗っていても、クルマ好きではなく、また、クルマ好きとも話がわない。クリッピングポイントがどうの、という話よりも、タイヤを履き替えたら云々カンヌン、ということよりも、いかにくまで、いかに長い時間走ったか、それにしか興味はないのね。

 

そんなことを認しながら、読んでいるウチに、ではこういうスペック的なものに拘るものって、私にとってはなんだろう?なんてコトを考えた。目にいたのは、ギター、かな?

でも、いわゆるれのポルシェ、いつかテスタロッサ、という意味のギターを、私はまったくイメージできないのよ。良くギブソンの何年もの、とか、フェンダーの誰それモデル、とかいう話を聞くけど、私はあまり味がない。そもそも、ギターはいてナンボだろ?だったら安くても良いから弾き倒すことだよ、という立場なのね。

 

しかし、明らかにギターに性はある。私が唯一気にするのは、サスティン、つまり音のさ、減衰の感じ。コレは、もうギターれぞれに個性がある。ものすごく音が伸びるヤツもあれば、イライラするほどスッとえていくのもある。サスティンを得るために、造を施したものもあるし、ポジションによって、というのもある。もちろん、弾き方がきなポイントではあるけど。

結局、それぞれのギターの個性と、巧く付き合っていくのが、一番の楽、的な所が楽しいのかな?

 

ところで、クルマも、ギターもパーソナルなものだけど、時々というか、その側に、ある種、他人に開かれた扉がある。ギターなら、目ので弾いてみせること、バンドでステージに立つこと。クルマなら、手席に誰を乗せるか?ダヨ。

 

現在私はまったくきこもり生活を、敢えて望んでしているわけで、クルマには今年に入って一度も乗っていない。その結果、というわけではないけど、今のクルマの走行距離はまったくもってってない。年数だけがっていく。その間に、助手席に乗ることが来たのは、ウチの母親と、姫と、後独りだけ。ない。

まぁ、でも、その助手席に、固定した誰かが座る、というよりは、りで乗っている方が楽しいな、とは今のクルマになって思うのね。きっと前の軽自動車よりは、助手席向きのクルマなんだろうけど、なんとなく、クルマが私に見せる顔は、私だけをつめている感じがするのだ。

どこがどう、というのは説明しにくいけど、切らない感じで、互いに話し合いながら走っている感覚かな?

 

いずれにしろ、結局私はが儘なんだな、という気がする。ケンさんがクルマの話をする時に、どこかで他人と繋がっている感覚をましく思う。私はどうも、そこら辺で、しくない。それは自然と、女性の好み、扱い方なんかにもれるんだろうな、となんとなく思うのね。

 

なんてね、やっぱり読感想文だよな、って言ってみました。別に字しているわけではなく、私は読後感想文しか話せない。レビューとかみたいに、何かの裏打ちを持って物語にく落ち込んでいくわけで無し、また読書感想文のようにアカデミックでもない。長くこのブログを読んでいる人は知っているだろうけど、私はかの本を読んでも、結局は自分の話にしてしまうようなところがあって、それはなんとなく、こんな感じ。例えば、ベッドの上でAKBのあの子が私に跨ってない表情をしているので、少し休もうか、といって膝の上に乗せる。息をえながら、彼女は重くない?と聞くが、私は笑ってやりごす。そしておもむろに、元で囁くのだ。この間、坂口安吾の堕落論をんだよ。?ダラク論?サカグチアンゴ?彼女が惑っているウチに、欲望に忠実であれば、墜ちる所まで墜ちて見える世界があるんだよ、欲におぼれている方がずっと正直でリアルだ。なんていうことをまことしやかに囁いて、エ???というウチに、彼女をって畳んで裏返し。そういう欺師みたいなのが、読後感想文、ってコトで。

 

それでは今日はこの辺で、ごきげんよう。

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