腹痛に効く高橋みなみ | ELECTRIC BANANA BLOG

腹痛に効く高橋みなみ

力容器だよ、ハニー。コレと言って味はないのですが、お気付きの方もおられると思いますに、ワタクシここのところの長話は、彼の日に一気に下書きをしております。なので、アップするたびに動的なこのご時世。ワタクシには全くいていけませんのよ、ホホホ。

 

て。

 

震災になるんだけど、あの頃何が話題に登っていたか、というと中東北アフリカの民主化革命、だったと思うのね。長期独裁政権が軒並み、民衆のパワーによってれていた。未だシリアなんかはゴタゴタしているけど、おおむね、民主化の波は意的に報道されている。

ちょうど私は冬眠に入って、全くニュースとか興味なくなったので、実はその辺は全くくて、そうねそういうことが起こっているのね、ってぐらいで。ただ、朝生なんかで、コレは変なことになっている、なんていう雰囲気を感じるぐらいで。

 

その中で、この革命の大きなエンジンとして、ツイッターやフェイスブックが躍している、ということが特に声高に言われていた。朝生なんか、まるで、ツイッターやフェイスブックが独裁政権をした、みたいな言い方で。実を言うと、私はそれにはひどく和感を感じていた。自分がそういうのモノをやらないから、というのもあって、偉そうなことは言えないんだけど。でも、なんか違うよなぁ、とじていたのね。

 

そもそも、ブログはやってもツイッターにやらなかったのは、コレは見かもしれないけど、ツイッターは主にケータイで呟くモノ、という先入観があって、出歩いたりする人のもの、というイメージが強かったのね。潰ししている私には関係ないな、と。それに、ブログで一日何回更新した、なんてくだらないことをし立てていて、そういう人の記事を見ると、まさに今ツイッターで呟かれているようなモノで。だったら、ブログとは棲み分けが出来ればいいな、きっと、多くの人がツイッターにれていくだろうな、それでサーバーが軽くなればコレ幸い、と。

ブログも大して変わらないんだけど、要は軽に意見を発信できるツールだと思うのね。ニュースでもなんでも、信し、繋がるツール。ブログはもっと、ホームページの識に近くて、ツイッターはケータイの手軽さがある、っていう感じかな。これまた偏見かもしれないけど、違いは内容のさ、というか発信者の気軽さだと思うのね。

だから、民主化しようぜ、という意識がツイッターやフェイスブックによって、速に広がった、というのは肯けるのね。まさにスピード感は、革命には必要、というか、戦として大事。手を打つ、ってことだと思うのね。

 

ただ、誤解をしたまま言うけど、ツイッターはまさにす能力はあると思うのよ。デモしようぜ、革命起こそうぜ、という呼びかけは出来るけど、ではその、現政権が倒れたら今度はこういう政権を作ろうぜ、とか、誰それに託そうぜ、というようなことには不向きだと思うのね。つまり、じっくり議論する、用意周到な備をする、という部分では、いまいち能力を発揮できないと思うのよ。

だから、ツイッターが民主化運動に貢献したのは認めるけど、そもそもその大きなれがもたらしたモノ、にはちょっと懐疑的なのね。壊した後で、さぁこれからどうしよう、とえ始めるような感じ。それは少なくとも、今様ではあっても、いやり方ではないと思うのね。

 

勘のイイ方なら解ると思うけど、コレってまさに、今回の不信任案動の本質と変わりない。菅さんを辞めさせろ、って言われれば、誰だって成する。考えてみれば、今回菅さんが辞めない、という決策はどこにもなかった。それを大転したんだから、コレは菅さんの大勝だよ。

 

少し話がれるけど、私が今の菅さんの立場だったら、喜んで辞めるね(笑)。だってこんなんどい震災対応を、押しつけられて、辞めたらそれで好いんです、って言われているわけで。辞めることによって何より自分がわれる。いわば現首相をめさせてまで、俺にやらせろ、といったんですから、そりゃハードルはかなりがってますよ。コレでちょっとでも敗、失態、遅延する、なんてコトになったらもう生きてはいけないですよ。つまり、あえて向こうから、辞めることで罪しますよ、って言ってくれているんだから、喜んで辞めます、と。

もう一つ、結果否決、となって政権はくわけです。なくともしばらくは。だったら自民党は負けを認めて、解りました不満はあるけど、あなたに力しましょう、その代わりこちらの言い分も聞いてくださいよ、ぐらいのことを言っても良かったと思うのね。どっちかというと、そちらの方がくて、かっこいい感じもするので、ほんとうは谷垣さんはこちらを想定していたのかな、なんて。 

でも、どうもそうではいようで。翌日、今度は参議院で、辞めます(いつかは)、という人に、めなさい、という質問をする、という何ともおかしな光景が繰り広げられていたのね。ここでも、菅さん利。

 

そので、実は内田裕也さんの会見が開かれていた。ごじ、の方である。私はその会見を、後のニュースでダイジェストで見たけど、なかなかイイ見だった。正直言って、それまであんまりイイイメージを持ってなくて、逮捕された時には、おもしろがって姫にメールしたし、もっと前からどうも和感を感じる人だったのね。

特に、釈放された時に、最後にロックンロール、といったのは、あの方の口癖だったとしても、私はロックをにして欲しくなかったのね。まぁ、ほとんど私とじようなことであわや塀の向こうへ、という所だったから、私も他人のことは言えないんだけど、少なくとも、私はあの頃、全くSTONESが聞けなかった。罪の意識に理不尽さも感じてはいたけど、にまみれる、というような感覚にどうしようもなく、大げさかもしれないけど、STONESに申し訳がなかった。同様に、ケンさんにもし訳ない気持ちでいっぱいだった。こういうとケンさんも被害者の一人、みたいに聞こえるかもしれないけど、そうではなくて、つまり、自分のきなモノに自分でつばを吐きかけたような気になったのね。

少なくとも、罪を犯したんだから、氏がなんと言おうとロックンロールを口にするなら、そのスピリットの元にじて欲しかったのね。

 

でも、別に私が心配しなくても、内田裕也さんはちゃんとわかってらした様で、あんなにラブリーな会見もなかったな、と微笑ましくなったのね。私は、その地に至るまで、というか今も満足には達してないんだけど、三年かかかった。で、今はまたちょっとってる(笑)。

それはさておき、ふと気が付くと、内田裕也さんにしろ、朝生のメイン田原総一郎さんにしろ、なんとなくた様な世代だな、と思って、そして先日たまたま田原総一郎さんの特集とか見てて、ハタと納得した。まぁ、コレも全く私の断なんだけど、その世代に感じる、ちょっとした違和感、というものが少しだけわかったような気がするのね。

 

それはもったいつけるようで悪いけど、また日。

 

なんてね、代議士会が始まるまでの国会の雰囲気ってまさに戦争夜に似ていたんだよね、って言ってみました。議員一人一人に聞くと、みんなこんなご時世にそんなコトしている場合ではない、って言っていて、でもれはどっと政争の方になし崩し的に傾いていった。誰もアメリカに勝てるとは思って無くて、戦争なんてやってはいけない、と言いながら結局太平洋戦争に入していった、全く同じ様相だよね。あの時結局戦犯は軍部、関東軍、ということになったけど、果たして今回はたちなんだろうね?福島の人はに、よく考えた方がイイよ、ってコトで。

 

それでは今日はこの辺で、ごきげんよう。