宝塚・喜組 | ELECTRIC BANANA BLOG

宝塚・喜組

像できないよ、ハニー。数日前の天気予報では、颱風が撃するみたいだったので、半ば期待しつつでもちょっと心配しつつ。蓋を開けたら今四国にいるのだそうで、窓の外は静かなモンです。しかし、明日あたりより関東地方に陸やも、との予報。本日、東京の話をしますが、悪気はないのでどうかおを付け召され。

 

て。

 

東京の話をする前に、やっぱり一いいたくなるよね、中国ドタキャン。まぁ、ガツンと言って言われて裂するよりは、イイ落としどころだったのかも知れない。でもね、何度も言うけど、去年民主党議員が挙して中国に押し掛けたのは、アレはいったい何のためだったのかなぁ?顔を売りに行っただけならまだしも、結局ケンカりに行ったようなものになっちゃっているよね。

 

どっちが常軌を逸しているのかは、それぞれ言い分があるのでここでは議論しないけど、前にも言ったけど、怒れる人に対してはが一番効果的。政府は中国に対して何もしない代わりに、国民に対して涙をさせる。女子高生が交流事業で中国に行くはずが、しみにしていたのに・・・グスン・・・、みたいな話を世界中に流す。子供とかにきながら止めてヨー、止めてヨー、ワーン、と言わせる。これを世界に発信、情を買うのだよ。

姑息な手かも知れないけど、こういう時には世界を方に付けた方が絶対に有利。弱腰外交、と言われたくなければ、しばらく経済的な交流をちょっとおみします、と言ってみる。経済制裁ではないが、日本中国には歴史問題とかでい目とかあるし、強くは出られませんから自重しますよ、へへへへ。という屈な感じで。

 

結局、おでしょ?中国は有力な顧客だし、ここで国に水を開けられてては、みたいな感じで、躍起になっているわけでしょ?でもね、無理なものは無理で、そういう時もあるサ、という感じで軟にいればいいと思うのね。ただでさえ、労働資本が中国に行ってしまって、国内の産業が、なんて言っている時なんだから、中国手にしない方策で得をする人もいるんじゃないの?

ついでだから、まぁ、ちょっと関係ないかも知れない話をするとね、ずっと前の朝生で、っていうか朝生しか見てないのかよ、と言われそうだけど、まぁ、それは置いて於いて、これからの若い人は語が出来ないといけないから、海外で揉まれるべきだ、みたいな話があって、折しも英語を社内公用語に、なんて言うニュースもあったりして。 

なぜかと問われれば、これから世界に日本り込む時に、例えばクール・ジャパンとか呼ばれるアニメや漫画というコンテンツ。技術も含めて輸出する時に、英語でッケージングした方が、売り込みやすいからそうした方がイイ、と。

 

それうと思う。

 

私も長いこと英語の歌が好きで、英語の歌をいてきた。なんて素敵な歌なんだろう、味を知りたいな、と思ったら英語の辞書を引っ張り出して、わからないなりにもアレコレ四苦八苦するモノサ。前に中学時代に、英語の塾で先生に削してもらった、という話をしたことがあるけど、それは別に英語の曲だったからではない。きな曲が偶々英語で歌っていた、ってだけの話だよ。

という事はだよ、日本のアニメや漫画を海外にも販路を築こうとする時に、これをしみたかったら日本語を勉強しろよ、といえば好いんじゃないのかな?昔私の妹が、丸亀にあったダイエーのエスカレーターでしみじみとったことがある。

 

兄ちゃん、がいに、って方言なんやな。この間初めてったわ。でもな、いに、ってそれ以外ではどうしても言えんこともあるんよなぁ。

 

文脈から言いますと、ここで敢えて準語には翻訳しません(笑)。要は、その言葉でしか現できない、というか、私がこれを表現するのに、一番ストレートな表現、言葉がある、ということだと思うのね。それは日本語でもそうだし、映像でもそうだし、所謂家性、という事の根本だと思うのね。前にどうしても翻訳物にが出ない、という話をしたけど、ちょっと意固地になるくらい、そういう頑なな考えがあるからなのね。

 

中国との諍いを見てもわかるけど、システムとシステムのぶつかり合いというか、結局は本音で語り合わないと言うか、外交ってそういうモノ、っていうのかも知れないけど、何処まで行ってもじり合わないところを認識しないで、さも仲良しを気取る、みたいなことばっかりやっているから全然進展しないんだろうね。

かろうとする努力、みたいなところにきっと、打開の糸口はあると思うし、頭に血が上っている人に、アレコレ居丈高にモノを言うのも変だよ。今中国に反感を持っている人は、こっちが怒り出したらけ、どっちかというと見晴台からずっと見守る感じで。

 

日本人はとても親切で、面目だ。それが所謂経済成長をえてきたんだろうね。昔、初代の友人のお父さんが輸入車のオートマ車をアメリカから買ったらしくて、乗ろうと思ったらシフトレバーのボタンが小指側に付いていたんだって(笑)。だからアメリカの製造業はめになったんだよ、みたいなことを一時期言われていたみたいに、日本は丁寧さと行き届いたサービスで一時代を築いたんだよ。

それは確かに徳かも知れない。でも、それは伸びがある時の、いわば生き馬の目を抜くやり方で、サービスに関しては、少なくとも先進国に関してはドングリの背比べじゃないのかなぁ。

 

すると、やはりえ方を変えないといけない。それが結局、どんとを据えて望む、という事じゃないのかなぁ、と思うのね。自信やプライドをつ、って事だよ。サービスもそれがマニュアル化され、システムに組み込まれると、いつの間にか骸してしまう。一時期言われた多様性、というのも、結局はマニュアルの選択肢が多くなっただけのことで、本質は洞化して行っている。

 

で、やっと本題に入るんですけど、つまり中央の代名詞である東京の利点は、その択肢の豊富さにあると思うのね。

 

そういう話を今日しようと思ったんだけど、りの時間では帯に短し襷に流しだ。日ガッツリしよう。本日は悪口だけになってしまったが、別に何もえていなかったわけではないぞ(笑)。最近は寝る前に、しばらくこのいつ終わるかわからない話のことばかり考えているんだが、まぁ、昨日は偶々、ひかりTVとかいうお嬢さんがたくさん、また一糸乱れぬ踊りを披露するコマーシャルの、向かって左側の先頭のお嬢さんが背が高くて足が長くてショートカットで顔がよく見えないが好みだな、と思って誰だ?と思って調べたらああアレがAKB大島さんかぁ、で、龍馬伝にていたのはこの人ではないのか?なんて事を考えていたらいつの間にか寝ていて、寝起き間際、またな夢を見たんだよね。

ケンさん、と私が呼んでいたんだけど、顔はどう見てもあのケンさんではなくまったく知らない人で、どっちかというと片山右京さんているが、本人ではない。その人となんか玩具みたいな山の頂上でくつろいでいるんだよ。スゴク装で、でもなんか周りは雲が立ちこめていて、時々日の光が射すんだけど、時折まるで宇宙空母ギャラクティカ?みたいな宇宙船が雲のスキマから現れて、そのケンさんと呼んでいる片山右京似の人が、オメェといるといっつも思議なことが起きるんだよなぁ、と苦笑され、そのまま場面がササッと変わって、わかる人にしかわからないだろうが、宇多津の高架の下の洗車スペースみたいなところを歩いていて、すると前から後ろからムンクの叫びみたいな人形が襲ってきて、それをシューティングしているとボスキャラみたいなのが一杯出てきて、グニャグニャして気持ち悪いんだよ、まったくオメェと一緒にいたらこういうコトばっかりだ、とケンさんと呼んでいる片山右京似の人に言われて目が覚めたのね。

 

だからいつも一応は何処かにゴールをめざして考えていて、ちょっと何処かをかしくしているのでしょう、という話です。なので、期待せずに、逆にりをこめて明日を待て。

 

なんてね、集英社ではくぶんか社だったよ、って言ってみました。先日言ったアマゾンの宣伝メールが、昨日も来ていて、度はパンドラの匣プレゼンテッド・バイAKB、だったのね。で、表紙になっていたのはぶんか社版の一連の太宰さんの文庫で、でもさぁ、アマゾンさんなら新潮社版を買った人と、ぶんか社さんを買った人のいぐらいはわかるでしょ?そもそも、アマゾンでぶんか社さんを買うのは、十中八九AKBいだよ。どうも、アマゾンさんも今年の半ば辺りから、心細やかなサービスをて、ただシステムだけになってしまったようで。今日の話とは矛盾するかも知れないけど、骸化したシステムは、そのうち相手にされなくなっていくんだよ、って事で。

 

それでは今日はこの辺で、ご機嫌よう。