イノセントは土に還る1 | ELECTRIC BANANA BLOG
2010年10月18日(月) 01時57分55秒

イノセントは土に還る1

テーマ:書物

わったはずだよ、ハニー。神無月でもウチの地区の祭りは、先週終わったはず。なのにまだこえる鐘の音。どうやら接する、というかもう別の市になるんだけど、そこの地区の秋祭りは昨日までだったみたい。ウチの近所一帯はなぜか、秋祭りは神輿じゃなくて獅子なんだよね。

 

て。

 

ようやくみ終わりました。

ここがロドスだ、ここで跳べ!/山川健一
¥1,365
Amazon.co.jp

というかここに辿り着きました、という方が正解でしょう。この間話した流れ の中で、やっと辿り着いたというのが正直なところで、実際には昨日今日と一に読み終えてしまいました。思えば、ここのところケンさんの作品ばっかり読んでいるようで、すべては古本屋で見つけた昔のエッセイとか、文庫で読んだヤツをはハードカバーでとかその逆で読とか。それもあって、ちゃんとした小説を読むのは、ひどくしぶりな気がする。

 

最初に結論から言っておきますと、おもしろかった、感動したよ。今年一番は太宰さんの畜犬談だけど、それにぐ感動だ。ケンさんの小説にって言えば「さよならの挨拶を」に次ぐおもしろさだったよ。とにかく先が楽しみで、こんなにクワクして読んだのは久しぶりだったのね。

まぁ、ケンさんに対する思い入れ、とか、ずっとブログを読んでいるとか、そういういき目がどれだけ自分の中に入っているかわからないけど、それでもコレはいろんな人にお勧めできるんじゃないかな、と思うのね。それはね、私が今まで印象に残る作品、それは映画とかも含めてなんだけど、それに通しているのは、欲して得られなかったモノが手に入る感覚、なのね。

 

えば、映画館で二度も観て、DVDも買ってしまった「踊る大捜査線2」。コレはマサに、十年かかって上のモノと闘ってきた結果、ついに自分たちがんでいた形で捜査ができ成果を上げる。コレが激しく私の中の飲をゴックンゴックンと下げたのね。

ロドスはそれと同じ図で出来ている。ネタバレになるのであまり話すのもどうかと思うんだけど、この作品は、いくつかのわり方があると思うのね。ライブの点で終わるとか、鳥男と防波堤で会うところとか、もしくはその翌朝とか。更には、優里さんとうところとか。でもね、誰もが、特に男なら、きっと亜衣ちゃんともう一度逢って欲しいとっていて、そして再会ではないんだけど、また逢えるのね。

 

ここで胸がッとすくのよ。快なカタルシスがやってくるの。感が涙を誘うのよ。

 

そもそもね、ケンさんの小説のイメージからすると、私はこれは質な部類に入ると思うのね。というのも、この直に読んだのが、「蜂の王様」という作品で、コレはロックスター、アルフィーの高見沢さんを主人公にした、小説なのね。改めて言うと、昔コレを読んで、実在の高見沢さんよりも、蜂の王様の高見沢さん象が強くて、今堂本兄弟でタカミーとか言われているけど、昔は坂崎さんとかっていたりしていたんだよね、なんて考えてしまう(笑)。

もちろん、それは空の話なんだけど、それでも、アルフィーよりも、ケンさんの方が、私にとってはリアルだったって事なんだろうね。ただ、今回読み直してみて、それほど高見沢さんい人ではないよな、と思ってしまったのは、時代が変わったのか、私が大人になったのか?

 

話が逸れてしまったけど、とにかくそれに徴されるように、ケンさん作品にでてくる主人公は、みんなバリバリに働いているか、エンターテイメントの世界でバッキバッキに前に進んでいて、複数のおさんと付き合い、外車を乗り回して、セックスしたり、お嬢さんが自慰に耽ったりしている、という、印象が強い。イヤ、コレはあくまでもイメージであり、もっとケンさんの作品には種多様な人が出てきます。

つまり、私の中で、コンクリートの筋肉を持つ会の人がみんな、主人公なのね。それは同時に、東京のイメージにがる。みんなの憧れであり、日本中がみんなああなりたいと思い、を果たせず散っていく。それが叶うのは東京だけで、というのはまたの話なので省略。

 

そういう中に潜んでいる、ュアな感覚。それを絶えずり、確認し、持ち続けていくのがロックなんだぜ、というのがつまりは、ケンさんの大きな主題だと思うのね。さっきのバリバリロックスターよりも、私はこの感覚にとてもいシンパシーを感じている。だから、STONESが好きだからといって、誰もがブルースを演奏しないといけないわけではなく、アニソンを演奏していても、STONESがもたらすピリッツは必ず現れてくると思うのよ。というのもまた、別の話なのでの機会に。

 

そうすると道具立ての話になるんだけど、最初は主人公は、やっぱりコンクリートの住人で、ベンチャー企業の社長で、という現代をサバイバルするイタリティーにあふれている人なのね。それが鳥男によって、の世界に放り込まれる。

そこに自動車、が出てくるのよ。ケンさんが軽自動車、と書いてもエンブレムがアルファロメオのような気がするけど、そうじゃなくて、ここでは間違いなしに多分DAIHATSUなのよ、衆車で、オートマで内装がプラスチックなのよ、花柄のシートで。

 

ヤ?と私はったのね。正直、和感があった。でも、その世界の主人公は、まったくうだつの上がらない、中学生の親で、シャッター商店街の片隅で細々とお汁粉屋を営んでいる、町の青年会あがりの経営者なのよ。それはそれは、これほどまでににはまっているか、って言うぐらいに平凡なお父さんなのね。

変な言い方だけど、今までのケンさんの作品に登場した多くの男の大人は、凡な世界の人間だった。サラリーマンでも、対に週刊現代とか週間大衆とか読んで無いし、バイク乗りでもチャンプロードとかシャコタンブギとか読んでないし、ロックミュージシャンもGiGsとか今あるのかどうかわからないけどパチパチとか読んでないのよ。

 

でも、なんとなくこの作品の別の世界にい込んだ主人公は、多分、読んでいる新聞は地方紙だし、プレイボーイのグラビアとかでニヤニヤする人なのよ。シーマとか高望みせずに、エスティマぐらいはいつか乗りたいよね、と思うけど、今は軽自動車に方なく乗っている。でも、コレが一番身のに合っているよね、って感じで。そんな、そういって良ければ、こにでもいるお父さんなのね。

最初は違和感あったんだけど、そのうち、なんとなく今までの非凡な主人公も良いんだけど、こういう主人公も良いよな、だって感できるんだよ、素直に。といって、私が平凡だと思っているわけではないけど、少なくとも私が住んでいる周りではコレがタンダードだ。そういう意味で、きっと主人公は、子供が中学生というのもあって、私と世代なのかも、なんていう風に思えてきたのね。

 

そういう状況に置かれて、でも、実は中身は、コンクリートの中で暮らす凡な側の人間で、その視線から見つめる平凡は、気がつくと、力的な世界だった、という話になるのね。

 

ここでおもしろいのは、ケンさん線なんだよね。ケンさんは最近神様を捜すに出ていらっしゃる。こういう言い方をすると誤解を生むかも知れないけど、スピリチュアルな世界を垣間見てき込まれている。いくつかのエッセイも出しているし、ブログにもいろいろと求の旅日記が綴られている。

ただ、この作中では、それを側から観ている。もちろん、登場人物にそれを語らせたりしているし、ケンさん個人の体験を影している台詞があったりする。でも、読者とのインターフェースである主人公は、それをらから見ている側の人間で、そういう意味では、懐疑的なようで、そこまでは着いていけないよ、的なスタンスを感じるのね。それは結構外だったのよ。

 

そもそも、アウトラインとしてこの作品の話を聞いた時に、鳥男っていうのがてきて、というのでなんとなくイメージしていた世界があったのね。、ジーンリッチの復讐だ、みたいな。アレも相当もしろい話だったけど、まだ、フィクションの色が強くて、そこまでだった。で、その来かな、なんて。

オッと、そこら辺の話はくなるので、また明日にしよう。

 

なんてね、だたきだね、って言ってみました。先日の船のことからどうも表面化してきたのは、この世界の中で日本は全くもって弄ばれている、って事で。それでもラヘラしているのが、日本人なんだろう、と。でもね、別にイと思うよ。かえって怒ってヤレ戦争ダッ、っていうことになるよりは、ヘラヘラしていて影でものすごく険な仕返しをしている方が全然いいと思うのね。もうイイよ、中国からはなんにもわな~いとかいきなり言い出しちゃうとか。外にそれでもやっていけるモノだよ、って事で。

 

それでは今日はこの辺で、ご機嫌よう。

しま♪さんさんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

SNSアカウント

コメント

[コメントする]

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス