土下座ブログ | ELECTRIC BANANA BLOG

土下座ブログ

り得るよね、ハニー。最近、龍馬伝を々として見ているが、やっぱり伊勢谷友介さんってカッコイイよね。彼にケツせ、といわれたら迷わず跪くかもね。何しろ、去年一番耳に残った歌って、伊勢谷友介さんが主演したNHKのドラマ「白州次郎」に出てきただったんだよね。今でもタマにずさんでいるぐらいで。どんな歌だったかは、わりにて発表だ。

 

て。

 

本日は、いろいろと謝罪から入らねばなるまい。私は世界で一番ロクデナシで、ナマケモノで、イイカゲンだと思ってはいるが、でもなぜかCDはちゃんとケースに入れて管しているし、一応どんなときでも片づけはしている。除はしないけどね。だからある意味几帳面なんだが、多分他の部分がトンでもなくロクデナシで、ナマケモノで、イイカゲンで、潰しなのだろう。

イヤ、そういう話ではないこともないのだが、とにかくイイカゲンなので、あまりこうやってブログを書くときにも調べると言うことをあまりしない。ちょっと調べればわかる、という事をんどくさがるのだな。コレは何ともはや、一番お嬢さんに嫌われるというより、社会から殺されやすい性格に違いない。唯一違っていないのは、私がギターがヘタクソだ、という事だけだろうな。 

話が進まないが、実はそれもちょっと思惑通りみたいな所があって、今度一度、話をらしたまま何処まで行くか、というまるで藁しべ長者みたいなコトをここでやってみたいのだが、本当にやるかどうかはめんどくさがり屋なのでわからないし、いつもやっているじゃない、と言われるかも知れないのであまり期待はしないでくれ。

 

それよりも、なによりも、ちゃんと言っておかないといけないのは、ミユキを知っているのは士だ。を?服地はミユキとっているのだ。ここを羊はミユキと知っている、ミユキ~ミユキテックス~、とえていたのだ。今朝起きて、一番最初にレ?おかしいぞ、羊はミユキと知っている、って結局毛を刈られて丸にされるんだから、確かに羊はミユキを知っているかもしれないけど、どっちかというと逃げ回るよな。

そこでが付いた、あああの時に画面では羊が大量に走り回っていたが、男性コーラスの歌詞は、紳士だったら知っている~服地はミユキと知っているぅ、だったよな。画面で羊が走っているかららわしいな。と、今日は日曜じゃないか、そうか曜日といえばやっぱりミユキ野球教室だよな。

 

ある程度の年齢以下の方には何が何だかの話だろうし、お嬢さんとか野球に興味がなかった方々にも全くもって案内な話だな。まぁ、今の私も野球には全く興味はないが、なぜかあの番組だけはえているんだよね。あのは強烈に覚えている。

 

更に、昨日のコメントの返信で、ウェーバーに千点、といっていたが、んまとベッテルにやられたね。それはいいんだが、昨日は更にの上塗りを。ご存じのように、記事中にリンクを貼った場合、大人のみとしてメッセージなりコメントを入れておくのは大事なこと。昨日もアイリィ!さん にリンクを貼ったので、一応えられても大変なので、メッセージを入れたのね。

そこにはコメントの返信以上に、カムイはリタイヤするぞ、とけ加えていたのだ。だって、あれほど目されて上手くいった試しなんて一度もないじゃない、長い長いF1史の中でもさ。だからいい減ウンザリしていて、どうせ日本だけでしょ?国ドライバーをこんなにり上げるのは。他の国では、心配しなくても手に盛り上がるんじゃないの?

 

でもね、私は省しました。あのバリチェロだったっけか、ヘアピンでズドンといていったのを見た途端に、その場で土下座をする勢いだったよ。すまない、君をく見てしまっていたよ、反省する。あんなに胸のすくようなインからのい抜きを、私は一般道でも見たこと無かったよ。ゴイよカムイ。君は高だよ。来年はフェラーリにってくれ。

 

さて、先日、この連休に神無月だけど七福神巡りをするぜ、という話を誰もえていないだろうけど、したんだよね。でもいろいろと検討した結果、期します。というか、今、結構午前中読書して、午後から熱心にギターの練習したり、年内にできればわらせておきたいことがあってそれをせっせとやっていたり、ガンプラもやっとサフまでこぎ着けるかな?という所まできた感じで、それというのも、なんとなくここのところの毎日が調にいっているからなのね。

このブログマニアならご存じの如く、ナマケモノで、イイカゲンで、ロクデナシで潰しの私には、この順調という言葉がどんなに貴重かお解りのはず。なので、このペースをしたくないのね。で、まぁ、七福神はげないサ、というか今は出雲に行っているんでしょ?みんなでこれからどうしますかね、って議とかしているんでしょ?ならやっぱり来月とか、年とかでイイよね。

 

そういう感じで一応、ここのところの謝罪は終わったと思うのですが、に何かありましたっけ?というより、そもそも、その在自体を謝罪しろよ、反省しろよ、更生しろよ、という意見が多数を占めるのであり、せめてギターぐらい上手くなるように練習せれよ、という方が大勢いらっしゃることは目に見えてわかっております。でも、係ないね(笑)。ギターの練習に関してはよぉ、日ちょっと話してやってもいいぜ、なんてぇ事をネ。

 

ところでね、今こんな御時世ですからね、いろいろと思いむとか、世情とか色々鑑みて、迷うことはたくさんあると思うのね。でもね、ちょっと私は惧していることがあって、それは、まるでこういう暗い世の中に反抗するというか、それを打破するために、何か正義とか真っ当な人間というか、そういう方向へ人心が触れているのが気にかかるのよ。

ちょっと批判しているみたいに聞こえたらそれは本意ではないんだけど、先日ここにも時々コメントをくれるピエロさん のブログにね、ココロに沸き起こってるの感情というか、そういうのを排除した生き方を求めよう、というようなことを書いてらして、それでちょっと思ったのね。

 

確かに、人の心は善ばかりでないし、必ず的な感情というのもある。悪的な感情は、自分だけでなく他人も不愉快にさせるので、なるべくならき起こさない方がイイのだろうね。でもね、私はその悪感情も含めて間だと思うのね。というか、望に裏打ちされた感情がないのは、とてもおもしろくない人間になってしまうんじゃないか?というがするのね。

 

銀英伝の、ヤン・ウエンリー曰く、他人を深く憎むことの出来ないモノは、深くすることも出来ない。

 

みんな良いことばかりのいい人ばかりの世界は、それはちょっとんどい。みんながみんな、お坊さんみたいになって、者が町にあふれれば、世界はハッピーになるかというと、それは違うと思うのね。

ピエロさん に限らず、何か今この御時世の中で、そういうスーパーな人間になろう、みたいな思想が巻しているのに危惧を覚えるのよ。他人に迷惑をかけるのは、それはまぁ、無いに越したことはないだろうけど、それよりは、自分にそういう感情というか、いい所と悪い所とをしっかりとけ止めて、自分を認めてあげるようにした方がいいんじゃないかな、と。

 

自分を認め、しむ行為というのは、きっと他人に対する視線を変えると思うのね。つまりは減を覚えるといいんじゃないのかな?社会に徹底的な正義とか、聖人を求めるときっと、息しい社会が来ると思う。それよりは、清濁併せ飲んで、快一発ドド~ンと行こうぜ、みたいな方が、きっと人間社会はおもしろいと思う。

そういうことを、私が言っても全然得力はないのだけど、私はぜひとも来世、生まれ変わりたいのね。仏教の究極は、輪廻という悪循環かられるコト。つまり仏世界に留まって現世には二度とりてこないこと。でもね、それよりは人助けのために、現世にるお地蔵さまのようになりたいね。仏様の一歩手でイイや。この世界が一番晴らしい、と言える人間になりたいね。

 

オッと、核戦争が起きて、全人類がんで自分だけが生き残ればいい、と思っている私が言うことではなかったな。ぜひ皆さん、悪感情をれずに、最終的には核戦争を起こしてください。人は人として人しく死んでいくのだ。この方が然私らしいね(笑)。

 

なんてね、イ~エスはんがうたはる~、って言ってみました。どうも、美歌を関西の人が日本語訳にするとこうなるようで、コレは冒頭の伊勢谷友介さん主演のドラマの一番最初に出てきたのね。あまりのインパクトに、それから後数回続いたんですけど、部見ちゃいましたよ。ぜひとも、関西の教会関係者は、一の関西版賛美歌をCDに、って事で。

 

それでは今日はこの辺で、ご機嫌よう。