もの思う葦 | ELECTRIC BANANA BLOG

もの思う葦

効きだよ、ハニー。先日もちょっと話したけど、私が用している鼻炎のクスリは、ドラッグストアのポップに眠くなりにくい、と書いてあったのね。まぁ、それで選んだワケじゃないんだけど、でも飲むとくなるのよ。ただ、そのクスリ一日二錠飲め、というモノなんだけど、私の場合は飲むと二日は丈夫。つまり効きぎているのである。だから眠くなりにくい、も簡単にび越えるのね。

 

て。

 

濤のウチに終わったサッカー日本代表の奮戦。最後にPKが終わって、映像ではずっとあっけにとられる日本代表を映し出していて、私はそれを見ながら動するわけもなく、なんとなくちょっと明日のニュースとかを想像してみた。感動をありがとう、みたいなモノで埋めくされるニュースとか、ワイドショーとか。頑張ったとは思うけど、果たしてそれはんだろう、と。

ちょうどタイミング良く、最近は夜更かししても辛うじて午前中にきているので、少しずつではあるけど太宰さんを読み進めている。なので、コレをさっそく読みえまして。

もの思う葦 (新潮文庫)/太宰 治
¥500
Amazon.co.jp

最後の方でってます。太宰さん、づいています。サッカーと同じように、文学も私にはよくわからないので、志賀直哉さんはいい人だと思ってたんですけど、太宰さんによるとトンデモナイ人らしく、ちょっと方が変わったというかなんというか。

 

わからないという事は何事に限らず、ろしいモノなんだな、と思った。サッカーだって、あれだけ走り回っていても、Jリーグなんて去年一分一秒も見ていない私でも、なんだなんだ何でゴールがめられないんだ?とか思ったりとか、解説者がなんかちょっとテンション高かったりすると、ウザイとかいって、それほど日本代表とかって手じゃないんでしょ、なんて。

でも、予選リーグでガツンとゴールが入ったりすると、その間はヤッタとかバンザイしてみたりとか。結局、私にとって、サッカーの実とはその瞬間だけだったんだろうと思うのね。アレは何の入観も、何の思惑もなくただ、やったね、と思ったのだ。そのイノセントな感情にるモノはなし。

太宰さんもカッとして、なんだコイツと思って、それからガキガキッと言葉を築していったんだろうと思う。ただ、それを読んで受け取るこっちがフンフンと頷いてばかりなのは、それは険である。太宰さんを信奉しているのか、作品を信奉しているのか、果たして文学者とはどちらをとするのか?コレは表現者にとって、しい問題だよ。

 

それとわるかどうか?自分でも疑問だが、とりあえず、私の心持ちは、そのサッカーのどうしてももう一歩踏み込めない意識と通っている部分があるのではないか、とドロッとして悪態を突いてみようと思うので、諸兄方々心召されよ。

 

サッカーって、いわゆるグローバル化の生きた見本、というか象徴だったと思うのね。おさい方々はわからないかもしれないけど、元々、日本人のメンタリティにサッカーというモノはなかった。どちらかというと、野球とか相撲とかの方が、日本人がむ体質を持っていた。

思えば、サッカーってちょうど平成にJリーグが成って、それと相前後してワールドカップというモノが世間に透して、まぁもしかしたら私だけが知らなかっただけかもしれないけど、あの時にドーハの悲劇、っていうドラマがなければ、それほど今のワールドカップが盛り上がっていたかどうか疑問だと思う。

あの時負けた理由を、みんないろいろえた。ワールドカップを目の前でしたことしか知らなかった私達は、なんだかしたり顔の解説者のいうことをタダ、フンフンと聞いているばかりだった。ちょうど上手い具合に、目の前にJリーグというモノがあって、験の場所はいくらでもあった。

 

でも、結局ワールドカップを見据えるには、日本だけでチマチマやっているのではいけない、世界にはもっと強いチームやリーグが存在していて、そこで日本人が躍するようでないと、ワールドカップには勝てませんよ。そういうことになった。

その頃に言われはじめたのが、グローバル・タンダードというモノ。日本のサッカーというモノがそれまでどうだったかは良くわからないけど、世界に用するモノではないらしかった。世界にはグローバル・スタンダードというモノがあって、それにらし合わせて敵う実力なり、ルールがないといけない、という事がまことしやかに囁かれたのだ。

 

れにしては日本はどうだ?というになった。ムラ社会を引きずっていて、日本的なモノは世界では通用しないよ、っていうことになってしまっていて、気がつくと政治や経済までもが、グローバルなんて事を言いだした。そして、いわゆるさい政府の、いわゆる小泉政権を産んだのね。

猫も杓子もグローバル化で、ちょっとした行で、その最先端を行っていたのがサッカーで、一時期のIT化のように、グローバル化すれば何でもOKのような風潮が出来て、ついには日本のメンタリティを象徴していた野球や相撲までもが、グローバル化に乗っかったのね。

 

もう勘のイイ方々ならお解りのように、グローバル化というモノが、つい先日まで々な目に遭っていた。競争社会を助長し、負け組を大量に産んで、どうのこうので終いには政権交替までしちゃったんだからき。

そういえば、今回のサッカー日本代表だって、勝てネェだの、何やってんだの、岡ちゃん辞めろだの、散々に言われてて、まさしく、勝てば軍。昔戸川純さんが唄ったように、まさしく労民は蹟と寓話を信じる、の類だ。操がないというか、ゲンキンね。

 

なんとなくでも、時流とンクロしているような気がしません?あんなにグローバル化で自由競争に身をまかせて、というモノを撃していたのにもかかわらず、新しい政権は、強い経済、なんて軌道修正してセーフティーネットを拡充して、あとは規制緩和とかしてどうのこうのなんて、今更ながら財政健全路線をとか。今回のサッカー日本代表に対する評価の手の平しに、似ていると思いません?

 

そのクセに、批判にされているもうひとつの業界があります。撲界です。私はこれはもう不尽なモノを感じて仕方がありません。はっきりと、日本人のメンタリティは違っています、と断言してしまいます。それがうまいこと、サッカーとンクロしているような気がするのですが、それはまぁ、どうなるかよくわからないのですけど。

まぁ、そういうことで、明日も皆さんを真っい心根の奥底へご招待しましょう。

 

なんてね、そういえばアッと言う間にって来たね日本代表、って言ってみました。もう少しあっちでゾートしてあげても良かったんじゃないの?で、勝まで試合を見てね、サッカー選手で代表ともなると、あんまり他人の試合とか見る機会って少ないんじゃないの?そこら辺、お国の情っていうのもあるんだろうけど、余裕がないように見えるんだよね、って事で。

 

それでは今日はこの辺で、ご機嫌よう。