命を守り、貧困と戦った医学者政治家 ~ 今日は山宣の没後84年の日 | ・大津、出水、そして全国の子供たち、死んじゃいけない~ヘロの独り言

・大津、出水、そして全国の子供たち、死んじゃいけない~ヘロの独り言

・ 全国で子供たちが陰湿ないじめによって死に追い込まれている。
  命を奪うものは直接の加害者だけじゃない。見てみぬふり、時には言葉の暴力や直接の暴力で、子供たちを死に追いやる教師もいる。
  そんな狂った社会に向けて、老人は怒りをこめてつぶやきます。


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子供たちの生命を蝕む飢餓と貧困=山宣を駆り立てた怒りの源泉
戦前の日本に、山本宣治という政治家がいました。本来は医学者で、それも専門分野は性科学。
京都・宇治の旅館兼料亭の一人息子として育ち、1907年カナダ留学、11年に帰国し、三高・東大を経て、京大・同志社大の講師になる。彼を知る人々は、今も敬愛と畏敬の念をこめて山宣と呼びます。
山宣は性科学を専攻し、アメリカ産児制限会長サンガー女史の来日を期に、農村での産児制限運動に乗りだしました。彼を運動に駆り立てたのは、『間引き』と呼ばれる行為によって、誕生したばかりの生命が無残に奪われる日本の農村の貧しく悲惨な実態でした。貧乏人の子沢山といわれるように、科学的な避妊法が普及していないための悲劇。彼はそう考えたのです。

やません山本宣治

武器なき戦いの果てに 右翼の凶刃に斃れる
彼の運動は、当時の軍国日本が兵士増産のために『産めよ増やせよ』と進めていた多子化政策とは真っ向から対立するものでした。意図せざる結果として、山宣は政府とは反対の道を歩くことになりました。それどころか、彼は予想もしない方向にどんどん歩いていくことになります。悲劇の原因は、農民や労働者の【無知】にあるのではなく、【貧困】にある。そう気づかざるをえなくなったのです。貧困問題を解決することなしにこの悲劇の根本的解決はない。そう確信した山宣は、しだいに労働運動や農民運動とむすびついていき、ついには1927年、日本で最初に実施された普通選挙で当選し、労農党を代表する国会議員となります。そして、その2年後、1929年3月5日、国会で治安維持法に反対した山宣は、その夜、東京の宿で右翼に襲われ、暗殺されてしまいます。享年40歳。

山宣ひとり孤塁を守る
山宣は暗殺される直前の演説で、今も語り継がれる言葉をのこしました。山宣ひとり孤塁を守る。だが私は淋しくない、背後には大衆が支持しているから 。この言葉の意味は、当時労働者農民の代表として国会議員になった7人のうち、山宣をのぞく他の議員は次々と変節して態度を変え、最後まで治安維持法に反対し続けたのが彼だけになっていたからです。
山宣は彼と考えの違う右翼カルトに殺されたのでしょうか。大阪府警福島署の警官だった暗殺者の黒田保久二は、獄中で同房の囚人仲間に常にぼやいていたそうです。話がちがう。山本は国賊だから、退治すれば国からいい暮らしが保証されると聞かされていたんだ。なんのことはない。暗殺者の動機は物欲。つまりは利害。うす汚い利害。この男を見ると、どんなに詭弁をろうしていても実は利害で結びついて動いているだけの、皆さんよくご存知のような人々のことを連想してしまいます。
黒田は判決の刑期と関係なく、すぐに釈放されたようです。ただし、彼がその後、お国から約束されたような良い暮らしをできたかどうかは不明です。

もう一つの愛称=すけべえの先生
私が山宣のことを知ったのは、高校時代に見た独立プロ作品の『武器なき戦い』という映画でした。山宣役は下元勉、他に宇野重吉、東野英治郎(黄門)、中谷一郎(弥七)、渡辺美佐子など凄い俳優がずらりですが、中でもきわだった貧乏農民役の小沢昭一が山宣を『すけべえの先生』と呼んで彼の運動に献身的に協力する姿が印象的でした。性的なこと=すけべえ、という意味で、山宣のもう一つの愛称だったようです。ちなみに、それまで道徳的な蔑視をこめて手淫と呼ばれていた行為を、なんら卑しむべき行為ではないとして自慰と改めさせたのも、性教育啓発者としての山宣です。
彼がどれほど人に愛されたかを語るエピソードがもう二つ。
一つは彼の墓。軍国政府は彼の墓碑銘をセメントでなんども塗りつぶしました。けれども、そのセメントは何者かによって、いつのまにかきれいに削りとられる。こんなことが戦争が終わるまで延々と続けられたそうです。もう一つは、長野県別所温泉にある山本宣治記念碑です。彼を勉強会の講師として招いた農民組織がその死を悼んでつくったものですが、最初は今ものこる人気旅館『柏屋別荘』に建てられたものです。政府はこれを粉砕せよ命じました。命じられた旅館主の斎藤房雄さんが、警察には粉砕したと報告しながら、旅館の池に沈めて隠しぬいたもので、戦後になって復活させたという石碑です。これらのエピソードは、彼がどれだけ多くの人に愛されていたかを物語ってくれます。

ぶき 映画 武器なき戦い 下元勉

私はリベラリストを自認する男で、山宣はいわゆる左翼の政治家です。でも、翼なんかはどっちでもいい。いいものはいい。出水の雑談すれで『アカ』と呼ばれたこともありますが、そういうレッテルでしか他人を攻撃できないような【知性】などに左右されません。同じように、立場の違いや考えの違いはあっても、いじめや体罰問題について、子供たちの命をまもる、人間の尊厳をおかす者は許さない、この点で立場を共にできる人なら右も左も関係ない。私はそういう考えの人間です。
調べれば調べるほど、人として尊敬に値する素晴らしい人物。それが山宣。
【山宣ひとり孤塁を守る】  常にそういう心がけでいたいものです。

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