原作:只野温泉
ストーリー:東京テルマエ学園 共同製作委員会
第一章 第5話 『東京に降り立つ』
大宮で新幹線を降り、湘南新宿ラインに乗り換えた。まだ東京にも入っていないと言うのに、大宮駅の混雑はアキと七瀬を怯えさせた。
そして新宿駅。世界一混雑する迷路のような駅中を、二人は目眩を感じながら大きなトランクを曳いて歩いた。
「こ……ここで、いいんだっけ?」
二人がよく知っている都会は長野駅周辺だけで、長野駅は東口と善光寺口しかないのだから迷いようがなかった。
しかし新宿駅は西口、東口以外にも、さらに南口やら東南口やらがある上に、長野市の人間が全部集まったように思えるほど人だらけだった。
学園への案内は『都営大江戸線都庁前駅か西口改札を出て都庁方面への地下道を真っ直ぐ』だったが、二人は中央西口改札から出てしまった。そして小田急線改札の前で呆然と立ちすくむことになった。
「大江戸線って……どこにあるの?」
「どっち……行ったら、いいの?」
アキが半泣きになっていた。
「ちょ……ちょっと、待って……」
七瀬がスマホのマップで位置を見ようとしたが、建物の中なので位置が検出できなかった。二人ともパニック状態で、思考がまったく働いていない。
花屋の店員に西口改札への行き方を教えてもらい、コンコースの中をよろよろと歩いた。そして西口改札の前の人の流れを見て再び立ちすくんだ。
「今日、お祭りでも……あるのかな?」
アキが呆然とつぶやいた。あちこちで人に衝突しながらエアポケットのような安全な場所に移動して、もう一度案内図とにらめっこした。大江戸線を探そうとしたが、あっちにもこっちにも『○○線』と矢印が向いていて何が何だかわからない。
「わかんないからもう、地上に出よう」
エスカレーターで地上に出ると事態はさらに悪化した。七瀬も完全に方向がわからなくなったのだ。
「都庁って……どれ?」
小田急百貨店のビルから出た二人の目には、林立する西新宿の高層ビル群がまるで行く手を阻む巨大なモンスターのように見えた。
「これ都庁で……あそこのビルの先だから、きっとそこ真っ直ぐだよ」
案内板を見て、魂が抜けかかっているアキの手を引いて七瀬は横断歩道を渡ってビル群に向かおうとした。だがそこはバス乗り場で、ロータリーの真ん中で行き止まりだった。
アキが顔色をなくしてバス乗り場の柱によりかかった。まるでダンジョンに捕らわれてしまったような有様だ。
「あそこ……ぐるっと、回って行かないとだめなんだ」
まだわずかに判断力を残している七瀬が呆然とつぶやいた。バス乗り場の端にはまた地下へと続く階段があるが、どこに繋がっているのかわからないので降りたくなかった。
「あの……済みません。この階段降りたら、都庁の方に行けますか?」
バスを待っている人に聞くと、どうやら新宿スバルビルの地下にある『新宿の目』の前を通って地下道で行けるらしい。
言われたとおりに巨大な目のモニュメントの前を通り、無限に続く真っ白な地下道を二人はよろよろと歩いた。
そのうちに、地下道を歩いていたのにいつの間にか地上に出た。道ばたの大きな地図を見ると、どうやら都庁の近くまでは来ているらしい。地図と案内図を見比べて、学園がある場所は何となくわかった。しかし二人とも気力が尽きかけていた。
曳いているキャリーケースはいつの間にかコンクリートブロックのような重さになり、はき慣れたローファーは鉄下駄のように感じられた。
「もうすぐ……着くよ」
七瀬が虚ろな声で言ったが、二人ともそこから動けなかった。
「アキ、何してんの。もう行かないと本当に間に合わなくなっちゃう。場所だってよくわかってないんだから。もう、東京って本当ごちゃごちゃしていて分かりづらいよね」
文句を口にする七瀬を横目に、改めて時間を確認すると、入学式までさほど余裕はなかった。
これは確かに早く学園に向かわないと、と動き出そうとしたところで、またしても横から邪魔が入った。
「Entschuldigen! Was willst du fragen?」
突如と謎の言葉で話しかけられて、アキは真っ蒼になった。固まったままで、隣の七瀬をつついてひそひそと交わす。
「え、ちょっと、七瀬。この人何を言ってんの?」
「し、知らない、知らない、流石に私も解んない!!」
及び腰のアキと七瀬に困ったような表情を浮かべた相手の前に、一人の青年が現れて流暢な口調で話し掛けた。
「Can you speak English? Brauchst du hilte? Are you in torouble on the road?」
「DAnke! I can speak English Yes I’m lost」
もはやどちらが何を喋っているのかも判らないままのアキと七瀬を置いて、会話が繰り広げられた後に、外国人男性はかろうじて二人にもわかるthank youという台詞でにこやかに去っていった。
「…………す、凄い。通訳できてる!!」
「君たち、東京の子じゃないみたいだけど、迷子?」
青年の言葉に七瀬がむっとしたように口を尖らせる。いや、この場合は青年を責められないんじゃと内心でアキは友人を宥めながら、青年に応じる。
「あ、えっと」
「迷子ではありません。私たち、東京テルマエ学園という場所に向かうところなんです」
「ああ、テルマエ学園ね。そこの新入生か。じゃあ、ついてきなよ」
これには流石にアキがむっとしたが、隣の七瀬が今度は窘める。
物には言い方があるだろうにと思うアキを宥める七瀬と、後ろの二人を気にした風でなく歩き始めた三人組が都心の煌びやかな街中を暫く歩くと、高層ビルの中から明らかに異様な建物が現れた。
「ここだよ、東京テルマエ学園」
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つづく
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