岡本一志 幸せのタネまき日記

23万部突破のベストセラー
幸せのタネをまくと幸せの花が咲くの
著書 岡本一志 のブログです


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18日、20日と東京でセミナーを開催します。
参加できない人も、このメルマガだけはお読みください。
必ず、見失っている大事なことに気が付くはずです。

今年もあと1月あまりになりました。
「あっという間の一年だった」
というセリフを一体、何回繰り返してきたことでしょうか?

そして、後、何回繰り返すことができるのでしょうか?
多くの人は、過ぎ去りし、日々を振り返っても、
後、命がどれだけ残されているかを見つめようとしていません。

一休は、

門松は冥土の旅の一里塚
めでたくもあり、めでたくもなし

と歌いました。

年明け正月、あけましておめでとうと
新年を祝いますが、一年たったということは
それだけ、冥土(後生)に近づいたということです。

ところが、その事実に目を背けている
ということを指摘しています。

同じく、

一休めでたきこと
親死に子死に孫死に

一休がめでたいと思うことは、
親が死んで、子が死んで、孫が死ぬというように
年の順に死んでいくことだ、
世の中には、子供に先立たれる親、孫が突然
幼くして死んでしまい悲嘆にくれる親家族が
あるではないか。

と老少不定(人生の終わりは、老いも若きも関係なく突然やってくる)
の現実を教えています。

「敦盛」の一説に
「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」
とありますが、これは元服(成人)した人が平均50歳まで
生きたということだそうです。

乳幼児のほとんどは、成人するまでに病死したと
言います。

【死を見つめることと生きることの意味を考えることは同じ】

一休の歌だけでなく、
仏教には、いたるところに、人生は有限であること、
命の無常を説かれています。

だから、仏教は暗く陰気なので嫌いだという人がありますが、
ブッダが、命の無常を説かれたのは、私たちを陰鬱な気持ちに
させるためではもちろんありません。

仏教に命の無常が説かれているのは、

それが真実だからです。

眼をそむけていれば死なないのなら、考えないようにすればいいですが、
眼を背けていても、免れることができない現実ですから、
人生の真実をありのままに説かれたのです。

そして

無常を見つめたときに、初めて本当の人生の第一歩が始まるからです。

・無常を観ずるは菩提心の一なり

といわれ、命に限りがあることを見つめることが、本当の
人生の第一歩といわれています。

毎日、毎日、私たちは、忙しくしていますが、
ほとんどが、人生最後となるとどうでもよくなってしまうことです。
だから、ほとんどの人が臨終、後悔に終わってしまうと説かれています。
人生最後となるとどうでもよくなることに、人生の大半を使ってしまったからです。

無常を見つめたときにはじめて、
何のための人生なのかということが問題になります。

そして、最後に、
限りある命の中で、限りない永遠の幸福に導くためです。

今回は、仏教に説かれる死生観を通して、
自分自身の人生を見つめる勝縁にしていただきたいと思います。

【飯田橋 仏教の死生観を学び今を悔いなく生きる】

日時 平成29年11月20日(月)
時間 19時~21時
場所 飯田橋GS千代田ビル3階

セミナー参加費 2000円
    懇親会 2000円

お申し込みは以下からお願いします。
http://www.kokuchpro.com/event/93d10339979672e9c72b65957ef57ad2/
 

【渋谷 仏教コミュニケーション講座】

日時 平成29年11月18日(土)
時間 19時~20時30分
渋谷区文化総合センター大和田 学習室6
お申し込みは以下からお願いします。
http://www.kokuchpro.com/event/37a3137bbe5e905fdd7f55ddc37bdc6a/
 

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