おはようございます
朝からショッキングな事件ですね。
あの三浦元社長が自殺したそうです・・・・
1981年のロサンゼルス銃撃事件で今年2月に逮捕され、米自治領サイパンからロスに移送された三浦和義・
元会社社長(61)=日本では無罪確定=が留置場で自殺したことについて、ロス市警は11日午前(日本時間1
2日未明)の記者会見で、自殺の動機などを今後本格的に捜査することを明らかにした。
留置場の監視体制についても調べるとみられる。市警は、調査結果の大部分を公表するとしている。
市警によると、30分ごと]の留置場の定期巡回が行われた約10分後、係官が三浦元社長の独房を
通り掛かり、元社長がシャツで首をつっているのを発見。定期巡回時は変わった様子はなかったという。市警は
「彼が自殺する客観的な兆候は見られなかった」としている。
留置場は部分的にビデオで監視されていたが、自殺を防ぐための特別な態勢は取っていなかった。
三浦元社長の遺体は、ロス郡検視局で12日以降に司法解剖される予定。
10日早朝にロスに到着した三浦元社長は市警で指紋の採取や写真撮影などが行われた後、
独房に収容された。その後、在ロサンゼルス日本総領事館の領事や弁護人と面会し、10日夜、自殺を図り搬送先の病院で死亡が確認された。(共同)
このロス疑惑 事件
私が小学校1年ぐらいに起きました。
当時は、衝撃的な事件としてなんどもテレビで報道されました。
今では、もっとショッキングな事件が続発しているようなきがします。
ウィキペディアからの引用ですが
事件の経緯です。
この事件が
最期は三浦元社長(呼び捨てにするわけにもいかないのでこうよんでいるのだと思う・・
の自殺で終わってしまったこの事件。。
殺された奥さんも憐れですが
三浦氏の人生の半分は、殺人罪から逃れるため・・そして刑務所生活
マスコミに対して、名誉毀損で訴えて、少しでもお金を儲けるため・・・
そして最期は逃げ切れず自殺・・
夢の世は罪を罪ともしらねども
報わんときぞ 思い知られん
飽くなき欲を満たしきれず
罪だけ造って死んでいく
人間の悲しい相を見た気がします。
事件発生
1981年8月31日、輸入雑貨商を営む三浦和義が妻A子とロサンゼルス旅行中、
A子が宿泊していたリトル東京のホテルニューオータニの部屋で一人になったとき、
日本人女性が上がり込んできて、A子の頭部を鈍器で殴打、軽症を負う。
同年11月18日午前11時5分頃(現地時間)、三浦夫妻はロサンゼルス市内の駐車場で2人組の男に銃撃され、
A子は頭を撃たれて意識不明の重体。夫の三浦も足を撃たれた。
1982年1月、A子は日本に移送され神奈川県伊勢原にある東海大付属病院に入院した。
しかし、意識が戻ることはなく11月30日に死亡した。三浦は、保険会社3社から1億5500万円の保険金を受け取っ
た。
「疑惑の銃弾」報道
1984年に週刊文春が「疑惑の銃弾」というタイトルで、三浦が保険金目当てに仕組んだ事件ではないかとする内
容を連載した。この影響でマスコミは「三浦犯人説」を強調する報道が目立つようになり、三浦の自宅前にはテレ
ビのワイドショーや週刊誌の記者が列をなし、三浦の自宅に不法侵入するものが出る始末であった。1985年に
三浦の愛人B子が1981年8月のA子傷害事件における犯行を産経新聞上で告白する。
逮捕
同年9月11日、警視庁は三浦をA子殴打事件での殺人未遂容疑で逮捕。同12日はB子も同容疑で逮捕した。
1998年に釈放される。拘置所にいたのは13年。
殴打事件有罪
殴打事件では、B子に懲役2年6ヶ月、三浦には懲役6年が確定した。有罪判決確定の4ヶ月前に釈放されたが、
宮城刑務所に収監され2年2ヶ月刑務所に服役。三浦が一連の事件で拘置所・刑務所にいたのは通算16年間。
銃撃事件無罪
殴打事件公判中の1988年10月20日、三浦夫妻銃撃事件で三浦と実行犯とされたロサンゼルスで駐車場を経営
していた人物C男が殺人容疑で逮捕された。東京地裁はC男には証拠不十分で無罪、三浦には無期懲役の判決
が下った。三浦は東京高裁に控訴、高裁では証拠不十分で逆転無罪となる。検察は最高裁に上告し、2003年3
月5日に無罪となり、銃撃事件の日本における三浦の無罪が確定した。
しかし、3社の保険会社から返還訴訟を起こされる。訴訟では2社は三浦の敗訴、1社は三浦と和解した(和解金
額は不明)。
再逮捕
2008年2月22日にアメリカの自治領であるサイパンにおいて三浦は、現地に出向いていたロサンゼルス市警の警
官に殺人容疑で逮捕された。これは、「ロス疑惑」の捜査がアメリカでは未だ進行中(アメリカでは時効制度は存
在するが殺人に関しては時効は存在しない)であり、それに基づいての被告人身柄確保と思われる。今後、ロサ
ンゼルスへの移送を予定しているという。ただし、被告側は日本の最高裁での無罪判決の確定を根拠として、
「一事不再理」の原則を盾にアメリカ当局の身柄拘束を不当なものと見なし、ロサンゼルスへの身柄移送の中止
と身柄の解放を訴えて、法定で争っていたが、10月10日にロス市警に身柄移送、10月11日、ロス市警にて三浦
は自殺を図り死亡した。