カッサーノのニューロリハ〜脳卒中リハビリを考える〜 -3ページ目

カッサーノのニューロリハ〜脳卒中リハビリを考える〜

特に回復期〜維持期にかけ、脳卒中リハビリを本気で考えていきます。私の目的は【脳卒中の方が障害をもった中でも、地域でいきいきと生活する】そのために機能改善〜生活、予防まで考えていきたいと思います。いろいろな方と情報交換ができたと思います。

お疲れ様です。bridge講師のために内容を書くとほざいて、書いてませんでした。気が向いたので、今の所bridgeで考えている発表内容をまとめていきたいと思います~






脳卒中の患者さんって本当に多様性があり、考えることもいっぱいです。解剖や動作だけでなく、神経可塑性や医学的な最新の治療やら、心理面や家屋環境、生活場面、退院後の状況、家族指導・・・そして多種多様な症状の解釈や分析。それに対するいろいろな考え方や戦略。




何が良くて、何が良くないのか?






みなさんは悩んだりしないでしょうか?僕はけっこう悩んでます笑








それでも「幹」となる部分は必ずあるはずです。




「脳卒中運動麻痺に対する治療戦略と実際」というテーマで講義をいたしますが、治療戦略・・・




ここを考えたとき、僕が思う大事なことは




「脳という組織の回復や改善が、何に強く影響しているのか?」




いわゆる、脳の機能回復=神経可塑性とはなんぞや?を整理して、原則を認識することが大事だと思っています。




神経可塑性とはシナプス可塑性です。




そのkey wordsがdose、task-oriented(task-specific)、難易度設定、つまり運動学習です。






上肢に対し、どれくらいの量を提供するのが神経可塑性を誘導しやすいのかご存知でしょうか?


なぜ、CI療法がエビデンスで強く推奨されるのかご存知でしょうか?






脳卒中を見る際に、脳のことを知らずに介入するのはナンセンスです。


解剖学、運動学と共に、神経科学も同じくらい重要です。






そしてもう1つ最近感じることがあります。




「リハビリテーション医療」というなら、そこには「適応」があるはずです。




降圧剤を使用する際に、血管を広げるのか、水分量を調整するのか、心臓を落ち着かせるのか、などどの薬を用いるのか適応があるように、リハビリにも適応があります




装具、電気刺激療法やトレッドミルなどの種々の機器・・・




今のリハは好き嫌いで使用・不使用になっている感があります。




そうではなく、通常のリハ+αとして効果があるものは使っていく、良いものは良いとして積極的に使用していくことが大切です。




そうでないなら、なんのための医療でしょうか、なんのためのエビデンスでしょうか、




今後ロボットや再生医療など私たちの練習より効果があるものが出てきた時に、それは敵になるのか?活かしていくのか?




・・・ご安心を。こんな話は深くいたしません笑




それでも10年後のリハビリはどうなっているのか?今の常識が常識でなくなることも多いかもしれません。




いろいろな考えや変化を取り入れ、自身のリハを更新させていく。古き良いものは残し、新しき良いものは取り入れる。






・・・さて、本題に戻りますと




まずは「歩けない方が歩けるようになる」これは運動学習他なりません。


そして運動学習が脳の機能回復と密接に関わっていることも知られています。




だから「歩けない方に歩く練習が一番効果的です」これは鉄則です。






「歩けない方に、ただ歩く練習なんて、誰でもできる。」だから俺はそんな治療はしたくない。






そうではありません。




これは原則です。ただどう歩かせるかが、私たちの腕のみせどころです。


歩くために必要な準備や機能をどう促すか?




でも試合をしなければ上手くならないのと同じように、歩けない方は歩く練習をしなければ歩けるようになりません。


なので、歩く中で歩くことを学習していくことが一番の近道です。起立も同じです。




もちろんただやればいいではありませんので。






ってなことを、実際の症例を通じて話していき、何か皆様方が少しでも活かせることがあればと思います。






やはり回復期なので、最大限の機能回復は求めていくべきだとも思っています。




なのでこの「機能回復」は何によってもたらされるのか?を知ることは大事ですよね。








そして実際の症例は、僕が今現在見ている方を、僕の臨床感を交えてお伝えするつもりです。


批判や考えが違うと多々あるかと思いますが、こんな風に考えることもできると、なって頂ければ幸いです。




OTさんもいらっしゃるので、麻痺の回復をお伝えしたいのですが、そんな実力は僕にはありません笑






なので、今見ている患者さんを、泥臭く、自分の関わりをこう考えて、こう治療して、どういう結果になったのか?(上記の運動学習や神経科学を生かしていくと)




今回の講義の主な領域は


・神経科学


・運動学習


・バイオメカニクス


この3本柱で、




・注意障害の解釈とその関わり


・起立できない時に、どう起立の中で運動学習を図るか~難易度設定と環境設定~


・歩行の再建~LLBの装具療法とハンドリングの実際、その効果検証~


の3つにしぼり、具体的な話をします。




そして僕は今、実際にそれらのリハビリを行っています。


小松先生、これでよろしくお願いします笑








北海道からこられる?先生もおられるということで、そろそろ気を引き締めて資料を作成していきます!


そして50名定員が、70名・・・恐ろしすぎる。







それではそろそろ失礼いたします。





お疲れ様です。




2年ぶりにbridgeでの講師が決まりました。




私から言えることなんて、正直浅いものと思いますが、精一杯やらせていただこうと思っています




「脳卒中の運動麻痺に対する治療戦略」的なことでお話させて頂きます。






ご興味ある方はぜひ!!




http://bridgetherapist.blog81.fc2.com/










これからは、その講義の内容をブログでも整理していきたいと思います。






未だ試行錯誤中ですが




key words




・運動学習(運動量、課題特異性・・・)と運動麻痺


・麻痺治療に大事な脳のお話


・エビデンスから言えること


・neuromodulationの位置づけ(FES、tDCS・・・)


・LLBの可能性




等を症例を通じて示していきたいと思っています。




僕は原則的なことが好きなので、当たり前のことを何いってんがなーと言われそうですが、それでもこの原則を大事にアプローチを意識していますか?と問いていきたいです。




スゴ技なテクニックや、細かな脳内機構、評価・治療はできませんが、脳卒中リハビリテーションについてはたくさん勉強し臨床でも悩んできました。




少しでもお役に立てる情報や意見交換ができればと思っております。




ではでは!!

考察は深く、でも治療はシンプルに。



僕が最近思うことは


・患者さんは病前と全く同じ(正常)歩行には戻らない。

・新しく歩行を学習する。



麻痺などの機能低下が起こった体で、全く病前と同じ歩行をしようとすれば、必ず代償がでるのは当たり前です。

病前の内部モデルを使おうとしても、それに見合う機能がなければ、自己組織的に体は適応させる。

つまり代償。


じゃあ、、代償はなるべく少ない方がいいか?(ここではきれいな歩容とします)






僕はこの問いにはある意味Noです


片麻痺患者さんは、身の回りのことは自立できるが、外までは参加できないという方が多いです。

だから、家には帰ったが、やることがない、役割がない、人と話す機会がない、つまり人と接する機会が極端に減ります。


だから僕は、屋外をなるべく楽に移動できる歩行にしたい。そしてどんどん社会へまた参加して頂きたい。



もちろん、歩容が良いことは効率が良く、自由度が高く、バランスも安定しやすく、歩容が良いことに越した事はないと思います。


でもどこまで、その正常な動きを促通するのでしょうか?


代償を極力抑えて治療すると、どうしても臥位やベッド上での時間が長くなると思います。

それは坐位・立位になるにつれ、代償が出るからです。



でも、その時間に廃用は起こっていきます


麻痺肢の不使用によるさらなる運動野の萎縮。

麻痺肢を使わない、認識する機会が減り、ボディーイメージの形成にも関わるでしょう

実質の筋力も落ち、活動性全体が落ちれば、呼吸循環系、意欲、とうとうにも必ず影響します。



なら、逆にエビデンスにあるように、どんどん歩けばいいのでしょうか?


これもNoです。


代償が定着すれば、そこから変えていくのはさらに難しいです。一旦皮質下で学習が定着すると、本人がそれを変えたいと注意が向かないと、なかなか難しいです。


そして想像して欲しい。


歩行ができない方に、歩行の練習はかなりの負荷が高い。できないことをできるようにしようとしているのだから。

それには準備が必要。


車椅子にずっと座って体を動かす機会がなく、自分も麻痺した身体の感覚も乏しく、お尻も痛い。。。

そんな中でいきなり歩く。

部活の試合に、寝起きでやれと言われたらどうか。体は上手く動くはずがない。



だから歩く準備もとても大切。

僕は5分や10分程度歩く前に、ボディーイメージを作る練習や、非麻痺側の過活動を落としてから歩きます




つまり、バランスが大事!



全く頭頂葉で自分の体が認識や使い方が分かっていない人に、過剰に、恐怖的に、歩行をしても良い学習はできません


学習とは余裕・安心感がある中で、自分の歩行に潜在的に意識が向き、気づきが得られ、学習や変化につながっていきます。

逆に歩くと代償バンバンだからと、寝てばっかりいても、それは悪です


なんとか歩けました!10m歩行、50秒です~


よりも代償があるかもしれないが、10m歩行30秒です。の方が良いのかもしれない。


あまりに代償を抑えて正常や歩容に固執すると、このような弊害が生まれると僕は思います


そして患者さんは、30秒で歩く経験をしないまま退院すれば、50秒のまま歩き続けます。

(外来やデイに行って練習しないかぎり)



何が言いたいかといいますと!



病前と同じ歩行には戻らない。


そして、新たに歩行を学習するということ!なんです




学習!なので、課題特異性、転位性、練習量が重要です


つまり行った課題特異的に学習し、よりその動作に近い動作ほど転位しやすい。


歩行の学習には、歩行が一番よいということです。

部活でも同じでどんなに基礎練習を頑張っても、試合をしなければ上達しないのです


より歩行に近い練習をするために、装具やハンドリング、杖などがあり、それらを駆使して、患者さんがより安心して、過剰でない歩行機会を経験させる必要があります。


そして練習量を確保する。(よい反応をたくさん出しながら歩く)



その前提で、機能的に足りないとことは、もっとレベルの低い課題や環境で練習はする必要はもちろんあります。





長々となりましたが


改めて最近強く思うのが、「訓練内容の割合をどうするか」です。


床上動作ばっかりでもダメですし、歩く練習ばっかりもダメ。


与えられた練習時間を、PTがどうコーディネートしていくか


脳的に、1つのことに注意が向くと、他のものは無視されます。


目の前の患者さんのneedsに合う練習はなんなのか?


90歳のおばあちゃんと、40歳の若い片麻痺患者では当然違う。



俯瞰的に考える。


患者さんのneedsと照らし合せ、機能を最大限に高めつつ、代償も許し、needsに合った歩行の学習を提供していく。これが大事。

そのために歩行の学習に、優先度の高い課題や練習を選択していく。



屋外で歩行をするには、、、


誰かに自分の歩きを見られるという経験もとても大事です。

そういうことを乗り越えられるという性格的要素も影響しますが、

僕らが実際にそういう経験を作ることも大事です。

外で歩けるんだという1歩を踏み出す勇気を与える・・・



あと、最終的にぼくらは実際に自分が関わらせていただいたが患者さんが、実際どうなのか?を真摯に受け入れる必要があります


あんだけ代償は押させろ!と言っていたって、どんだけエビデンスが大事や!言ったって


実際の患者さんが、退院したらどうなんだ!?家の中ですっかり活動量落ちて、何かやる時間もなく、生活していたとしたら。。。


本当の社会復帰、リハビリテーションと言えるのでしょうか?




こんな当たり前のことを考えています。それくらい原則原理が大事だと改めて感じています。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

最近は電気刺激にはまっています。walk aide、tDCS、そしてIVES。

今後必ず電気刺激療法と運動療法はタッグを組んでいく時代となるのでしょうか?


さてさて、今日のテーマ。


当然ですが様々な考えがある中で、僕たちはその病院の環境、先輩の影響、自分の好みなどなど、きっと自分なりの治療スタイルがあるかと思います


全く180°違うようなものもありますね



僕は、なんでもいいけど良くなれば良い!と今までは思っていました



でも最近は少し変わり、良くなる+αが必要と考えています


その理由は回復期にいれば新人さんでも良くできるからです




その+αを考えるきっかけとなったのが、2人先生のお言葉です



森岡先生

「現象から脳のシステム障害を読み取る推論力、細かさよりも全体を俯瞰でき、指導や治療を想像・創造できること。私たちは細分化されたプロになる必要はない」


大畑先生

「脳という組織のもつ回復力過程が、何に影響を受けるのか?トレーニングの内容の優先順位をどうすべきかという基本的な考え方が整理できていない」



この2人の先生のお言葉に私は至極納得します。


つまり原則原理なんだと。


いろんな治療スタイルがあるかと思いますが、もちろんどれも良くなる治療です。



究極は患者さんの立場にあった治療ですが、それと同時に私たちは医療という中で患者さんに治療を行う立場のものです。



では、良くなるのであれば、なんでもいいのでしょうか?



僕たちのリハビリとは、この原則原理のリハビリを行っている上にアート的なリハビリが来るべきだと思っています。



原則原理のリハビリとは



その1つはエビデンスです。



ほかにも、大畑先生が言われている脳という組織が何に回復過程に影響を強く受けるのか?ということです


この根本のことを知った上で、治療戦略を立てる。


今はこの根本抜きで、治療戦略や方法の話が飛び交ってる気がする。


例えば、後輩への指導のときも、肩甲骨を動かすと反応良かったよ、立位で膝が曲がらないように支えて、体幹の重さでつぶれないように介助すると反応良かったよ。


もちろん具体的に伝えることは大切なことで僕も言います。


でもべつに絶対そこを介助しないと反応がいいわけではないです。先輩の能力があったから反応が引き出せたのであって、同じところをもっても難しいこともあるかと思います


そんな方法やポイントを伝えるだけでなく、



・歩くとはどういうことなのか?何が構成要素なのか?


・ボディイメージとはなんなのか?ボディイメージの形成のための原則原理はなんなのか?


・動作を学習できるためには何が必要なのか?


こういうことを考えると、ボディイメージには形成には必要なことがあり、それをどんどん行っていく。その上で鏡だの、練習課題だの、ハンドリングだの、行う。

逆にこういうことを考えないで治療に望んでしまうと、ちょっとのいい反応を引き出すために、ベッド上で30分も40分も練習することにつながってしまいます。




患者さんのneedsはなんなのか?そのためには何が必要なのか?


全体的に俯瞰して捉え、脳の回復に強く影響する原則を理解して、治療戦略を練れば、効果のあるストレッチも効果はあるけれど、治療の中には入れない判断もすることができる。



経験的に、環境的に、または慣れによって、治療を決めるのではなく


エビデンスという世界の研究者たちが汗水流して提示された内容を基本に


生理学・神経科学・解剖学・バイメカなど確かな知識を基に、ある一部分だけ特価した治療を考えるのではなく


患者さんのneedsを満たすために必要な治療を俯瞰的に考案していく



その上に、私たちの技術、接し方、治療器具等々がさらなる効果を引き出すのではないでしょうか?



そうしないと、ハンドリングが好きな人はハンドリングで効果を出し、治療器具が好きな人は治療器具を使い効果を出し。

どちらも効果があってめでたしめでたしで終わってしまう



効果が出るのは当たり前ですが、さらにより効果がある方法はどっちなのか?をこれからは検証していく必要はありましが、まずは原則原理を理解して治療を考えていければと思います。



そういうことを僕は考えてきたし、新人さんや後輩にも考えて欲しい。



医療という基で、治療を行うのであれば・・・



最後まで読んでいただきありがとうございました。

昨日に引き続き、前頭葉内側面です。少し知識の整理がてら書きます(^ω^)


前頭葉内側面の領域


眼窩前頭前野、内側前頭前野、前帯状回、後帯状回、脳梁(膝部、幹、膨大部)、補足運動野、楔前部、1次運動野、1次運動感覚野(下肢メイン)です。



機能:意欲、行動抑制、社会的認知、痛み、報酬、記憶、自律神経・・・


ってこんなアバウトな抽象的な用語なので分かりにくいのですよね。


そんな内側面の病名や症候として


無動無言症→両側前帯状回の損傷

前帯状回、補足運動野→反対側の強制把握、本態性把握反応

前帯状回、補足運動野、脳梁膝→道具の強制使用

前頭葉内側面→アパシー、感情鈍麻、運動無視、注意障害

眼窩前頭前野→脱抑制、社会行動異常

左脳梁膨大部→前向性健忘を中心とした記憶低下

右脳梁膨大部→道順障害



というような教科書的に、局在的な症候はあります



 ただ、こういう症状を起こしてしまう大元はなんなんだ?!もっと原則的なことはなんなんだ!?

ここを今日は書きたいと思います。




前頭葉内側面の眼窩、内側前頭前野、帯状回、補足運動野も含め、高次脳領域です。だからいろんな事に関与しています。複雑な働きをしています。


これらの領域は最終的な意思決定に重要な働きをするのですが、


意思決定の時に情報を上手く選択・抑制できず、病的な異常行動となるのです。


だから強制把握や道具の強制使用など、環境依存的な行動をとってしまったり。

うつ的な、自己評価が低く、発動性の低下を招いたり。

他人の意見を拒否したり、聞き入れるのが難しかったり。

または自己の状況認識が乏しかったり。

易怒性になったり。


というような私たちが理解しにくい状況で、異質な行動選択をしてしまうのです。



なぜかというと、こうした内側面の領域が


・ヤコブレフの情動回路

・ペインマトリックス

・報酬ネットワーク

・心の理論

・デフォルトネットワーク


というようなネットワークの一部や主役を担っているためなんです。もちろんこれらも重複したり、相互に関係しあったりします。

まだまだあると思いますが、メインはこれくらいかと思います。



こうした行動選択や意思決定に重要な


・自身の感情、相手の感情の評価、把握

・心理的痛みの評価、共感

・報酬の評価、報酬を見据える

・相手の行為の意図や発言の意味を感じる、考える、推察する

・自分の今の状態を見つめ直す、自分の内的な思考に注意を傾ける


ポイント

感情、報酬、心理的痛みという要因を自他共に適切に評価したり、重み付けしたり、抑制したりできず、意思決定をしてしまう状態ではないかと思います。


だから意思決定時に、上手にそれらの情報を組み込めず、上記のような環境刺激を抑制できないような行動や、のちのち良いことで、僕らがすすめる装具を、金銭的に難しい(そこまでという程でないのに)からとかたくなに拒否したり。

課題ができない自分に向き合ったときにもうやめる!と拒否したり。

自身の感情コントロールが難しかったり。



もちろん、その患者さんの生活や価値観、病巣の違いで、行動も変わってくるのは当然です。

だから細かくは分かりませんし、目の前の患者さんに合った対応が求められるのです。


でも知らなくていいわけではありません。知らないと気づきにくくなります僕ら自身が。

すると昨日書いたような、回復期でリハ拒否が強い患者さんを作ってしまう可能性があります。



別に脳の知識を当てはめて患者さんをみるというわけではありません。

脳から言うと、こういうことが言えるかもしれない。もしくは頭のすみ入れて関わりを考えるだけで、違った関わりが自然にできるかもしれません。


ただ、病態として出ていることをしっかり僕らが認識できれば、できない患者さんになんでできないのか?と僕らがイライラするようなことが減ると思います。


できないことを患者さんに、無理やりできるように厳しく促すのは、患者さんにストレスが大きいです。


USNの患者さんに左側を見て!見て!見て!と言うようなものです。でもぼくらはやってます。


だって全然みないんだもん。何回言っても治らないんだもん。


たぶん少なからず、療法士もこう感じてしまったり、気づかずに厳しい口調になって指導してしまったりしているかと思います。


ただ、高次脳の患者さん本人もできないことを気づいている方もいます。


先生の言われた通り、やろうと思っても、できないのです。それもなぜかわからないのです。

だから何度も先生からできないところに目を向けるのはつらいこと


と僕は思います。



だから僕らがイメージしにくいような高次脳の病態をしっかり病態解釈して捉えることで、僕ら自身が患者さんに関わるときに、自分も患者さんもストレスが少ない関係で関わることができるかと思います。


ここの関わりにはEBMは存在しません。


僕ら療法士の個性が現れます。



僕ら療法士は、きっと患者さんのこういう関わりの中で、どんどん成長していくと思います。

この関わりを真剣に考える、という試行錯誤や繰り返しが、良いセラピストを作っていくと思います。



なんて生意気に書いて終わります笑


最後まで読んで頂きありがとございました。