「オモニの思い」を紹介します。
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「朝鮮高校の無償化適用を求める西東京水曜行動が始まってから、まもなく丸7年が経とうとしています。
わたしも、街頭へ立ってのビラ配り、署名活動、集会やデモ行進などなど、幼かった子どもたちを連れて様々な形で高校無償化闘争に参加してきました。
当初、心無い大人から浴びせられる罵声に怯えて、小さな手をギュッと握り震えていた息子も、ついに当事者である高校生になりました。
みっつ年下の妹と手をつなぎ、“お出かけ”でもするかのように何も知らずに鼻歌まじりにウキウキとビラ配りに向かっていた息子が、先月のとある金曜日、同級生たちと一緒に文科省前での金曜行動に参加してきました。
当日の朝、あなたたちにこんな思いをさせて本当に胸が痛むと伝えた私に、『しょうがない』と笑った息子。
『しょうがない』という言葉にも、笑ったその姿にも、また胸が痛みました。
幼い頃から無意識のうちに『しょうがない』が植えつけられてしまったのでしょうか。
本来ならば、仲間とボールを蹴り汗を流している時間。
うだるような暑さの中、文科省前で彼らは何を思い感じたでしょうか。
幼稚園から高校2年生の現在まで、一貫して民族教育を受けてきた私の息子。
体の大きくなった今でも、幼かった頃のように同い年の子たちと頭を寄せ合いながら同じものを見てケラケラ笑いふざけあう姿が本当に愛おしい。
日本の高校生と同じように学問やクラブ活動に励みながら、自分を知り、母国を学び、人を思いやる気持ちを育んで友達との絆を深めていく彼らに、一体なんの罪があるというのでしょうか。
彼らは反日教育なんて受けていません。むしろ日本の良さを誰よりも知っているし、恩恵もたくさんたくさん受け感謝もしています。
他人との線引きをし除外するという概念のない彼らは、どこでも誰とでも分け隔てなく接します。そんな彼らの純粋で透き通った心を傷をつけ汚さないでほしい。余計な悩みを与えたり悔しい思いをさせないでほしい。
そう嘆くわたしをよそに、まっすぐに前を見据える彼らの心は強いと感じました。
自身の立場を恨んだことは一度もないし、離れようとしたことも一度もありません。
それほどに、真っ正直で仲間との結束がかたいのが彼らです。
こんな闘いは笑顔で早く終えて、これから社会へ出ても、世界へ羽ばたいても、どこへ行ってもどんな誘惑にあったとしても、その強い気持ちと自分へのプライド、人を思いやる気持ちと優しさを決して忘れないでほしいと、このオモニは切に願います。」

