東京2R
セイウンヴィーナス
(本間・野中)

直線大外一気に差し切る。
9番人気の単勝44,9倍。

苦しいときの嬉しい勝利です。

西山茂行は会社で秘書軍団とテレビ観戦。

代替開催は平日で競馬場へ行けないのが残念です。

10/20(日)

京都競馬場へ日帰りしてきました。

ただいま夜の8時。

疲れて帰宅しました。

まあ、意外と心地よい疲れです。

ニシノデイジーは2番人気に支持されながらも9着。

ルメール騎乗なら仕方ないでしょう。

今、西山茂行がニシノデイジーの馬主として思うことは、せっかく2番人気に支持してくれた皆さま、

応援してくれた皆さまにただただ申し訳なく、

そして、日曜日にもかかわらず、ゴルフ場の復旧作業に不眠不休で取り組んでいる社員たちに感謝。

こんな時だからもう少し賞金が欲しかったのも本音ですが、

まあ、力不足でした。

ただ、今年は皐月賞、ダービー、菊花賞とすべてのパドックに立ちました。

ちょっと達成感があります。

さて、ニシノデイジーの次走ですが、どこに行きましょうかねぇ。

菊花賞で3着以内なら有馬記念にファン投票で選ばれる可能性がありましたが、

ちょっと敷居が高すぎますね。
有馬記念は来年の目標と言うことで。


次走を考えるのが馬主の楽しみであり、調教師との相談が馬が作る人間関係の醍醐味です。

とりあえず、美浦に帰ってから疲れをチェックして

次走どこにするか、相談です。

東京競馬場の方が走りやすい馬のようです。

ただ、東京競馬場には案外いい番組がありません。

やっぱり年明けの中山かなあ。

今日は早朝に山王日枝神社で祈願日の参拝をして

京都競馬場では、菊花賞出走馬主昼食会に参加。

菊花賞弁当もいただいたし、
菊花賞パドックにも立ちました。

なかったのはウイナーズサークルのみ…

ルメール騎手と話しましたが、相変わらず日本語が上手い。

なんか充実した1日でした。

さて、明日から現実に戻ります。

大宮国際CC、ニッソーCC
何とか1日も早く復旧させないことには…

疲れてはいますが、元気に行きます。







10/18(金)

台風19号の爪跡は過去に経験のしたことのない、ひどい災害になりました。

大宮国際CC(45ホール)とニッソーCC(18ホール)は言葉にできない甚大な被害です。

系列の大宮CC(27ホール)もかなりやられました。

稼ぎ時の10月11月が…

昔と違ってキャディさんが少ないので、人海戦術が使えずに、そこが悩みどころですが、
まあ、経営者が暗い顔をしたら、一生懸命に不休で復旧作業に頑張っている社員が余計辛くなります。

ここは長期戦を覚悟で、社員には頑張ろう、と声をかけるしかありません。

Facebookで「支援物質歓迎」と書いたら、まあたくさんいただきました。

申し訳ないのですが、この場を使い、厚く御礼申し上げます。

また、支援物質どころか、復旧作業の手伝いに来てくれた方もたくさんいました。

大角浩隆さんはじめ、感謝しかありません。

あとは時間と自然との戦いです。

写メは昨日の様子を記録として残す意味で添付します。

菊花賞は当然気にしていますが、今は競馬まで時間がとれず…

















10/19(土)


10:35京都2R
ニシノパッシオ・菱田


11:15東京3R
ニシノカリウド・武藤


10/20(日)


15:40京都11R
ニシノデイジー・ルメール


10/21(月)


10:40東京2R
セイウンヴィーナス・野中


14:30東京9R
ニシノジャガーズ・岩部



さて、ルメールさまにお任せします。










10/14(月)

東京競馬場でアイルランドトロフィー交歓会。

東京馬主協会副会長として、乾杯の挨拶。下手なイングリッシュでやりました。(恥ずかしい。)

終わってから成田隆好の運転で本間 茂と担当秘書の谷原明日香の4人で大宮国際CCへ。

台風19号の直撃を受け、冠水し、やっと半分くらいコースが出てきました。

本社からは男子総出で早朝から復旧作業です。

長期戦になります。

しかし、ここまで酷い水害は初めてです。

けが人が出なかったことを良しとしますか。

あとは天気との戦いになります。晴れて早く乾いて欲しい。10月後半は記憶にないので、心配です。

そして、利根川沿いのニッソーCCはまだ、現時点(10/15未明)で水が引いておらず、この先何が出て来るのか?

考えるだけで恐ろしい状況です。

10月後半から11月に予定していた会社行事やイベントはすべて、中止か延期にしました。

まあ、腹をくくって、長期戦の構えでやります。


10/12(土)~10/13(日)

数十年に一度の大型台風19号が関東上陸。

当社のゴルフ場も直撃でした。

為す術がありませんでした。

家や職場が水浸しのところも数多くあり、

わしの記憶にはない大型台風でした。


昭和56年から台風と戦ってきましたが、初めてです。

それも10月…

異常気象ですかね。

さて、復旧作業との戦いの日々が始まります。


しかし、まだ河川の増水は続いていて、手の施しようはありませんが。


10/12(土)

今日は15年前に亡くなった父の西山正行が、生きてれば98歳の誕生日。

例年だと墓参りに行く日だが、台風19号の直撃で都心は夜明け前から大雨。

仏壇に手を合わせるしかできません。

しかし、この台風には参ります。

手のほどこしようがありません。

ただ、じっと備えて通りすぎるのを待つだけです。

ゴルフ場はたぶん大きい後遺症が残るでしょう。

まあ経験したことのない台風ではなく、後遺症に苦しんだこともありましたが、

不安は過去と社員数が違うこと。

2000人以上社員がいた頃は人海戦術がとれたが、

果たして今回は?

さて、競馬も参ったものです。

日刊スポーツにも書きましたが、馬券の売り上げと賞金は正比例に連動しています。

平日開催に振り替えれば確実に来場者は激減し、
馬券の売上げは落ちます。

当然、来年の賞金予算にも影響します。

どうしようもないなあ。

わしは正直に書くと、東京競馬場は10/14(月)の開催も、飛来物の撤去や、倒木処理などを考えると、危ないのでは、とも思えます。

これ以上被害が大きくならないことを祈るしかありません。


【変更版】

10/14(月・祝)

11:10東京3R
セイウンパワフル・戸崎

12:30東京5R
ニシノハナミズキ・北村宏

10/15(火)

11:35東京4R
ニシノストロング・野中


14:35東京9R
ニシノレオニダス・大野


台風には参りました。



10/7(月)

美浦GCにて恒例の新潟馬主協会ゴルフコンペに今年も参加させていただきました。

100名参加の競馬関係の一番盛大なゴルフコンペです。

快晴に恵まれて楽しい1日でした。

今回の西山茂行のカップリングの1人は能登 真54歳。

馬運車の会社の手配係りであるが、実はこの人は元西山牧場東京事務所の社員である。

東洋大学から平成元年のの新卒入社組で、現在のニッソーCCの松本謙三支配人と同期入社だ。


能登が西山牧場東京事務所にいた時代は、西山茂行もまだ30代で、独身で元気の時代で

どれほど飲みに連れて歩いたかは数えきれない。

特に競馬場帰りの酒の想い出はお互いによく記憶しており、ゴルフをしながらすっかりその話題で盛り上がった。

同組の二人の馬主。

山科統さんと山下新一さんも、驚くような昔話で、本当に楽しい1日になりました。

昔話のほかにも、馬運車屋の裏話、意外な苦労話が聞けた。

コンペには岩部騎手も参加をしており、待ち時間に3人で雑談。

ゲートの悪いニシノジャガーズの話で盛り上がったが、馬運車屋はレースをすべて見ており、各馬のゲートをしっかりチェックしていた。

つまり、競馬でゲートの悪い馬はそれなりの対応策が馬運車にもあるらしい。

ゲートの悪いは絶対に馬運車の中でもイタズラをするそうで、そう言う馬たちばかりだと馬運車がパニックになるので、同乗はしない話など、

40年馬主をやっているのに知らない話ばかりでした。

円滑な競馬開催の裏にはいろいろな苦労をしている人たちがいます。

能登 真は…

わしの一生忘れない話だが、
平成3年9月20日サラブレッドCCのオープン前夜。

西山興業株式会社本社組はほぼ全員オープニング式典の手伝いで、サラブレッドCCへ行っていたとき、

夜の10時を過ぎた頃か、
当時の本部長の肩書きを持っていたわしに

「本部長、倉庫から出火しています。」

と大きい声で連絡が来た。

おっとり刀で現場に駆けつけると、廃材からの出火で小さいボヤだったが、

真っ先にホースをもって火の中に消火に飛び込んで行ったのが能登真だった。

あの光景は生涯忘れない。

能登真と火の中に飛び込んで行ったのが、岡本圭史、大野典一、小沼達夫、松本謙三、徳保弥…

遠目にしか見ない社員も何人もいた…

彼らのスニーカーが溶けていたのをよく覚えている。

それを見ていた漫画家の本宮ひろ志さんが、

「お前、いい社員を抱えたな。」

と言ってくれたのが懐かしい。

能登真とのゴルフは妙に懐かしく、楽しかった。

ゴルフの一番の醍醐味はスコアやゲームより、1日をともに過ごすことにある。

約100名のコンペでペリア方式西山茂行は3位でした。


10/6(日)

競馬については語りたくないなあ…

「400勝投手・金田正一逝去、享年86歳」

の報を見ました。

父の西山正行とよくゴルフをしていました。

もう40年くらい前の話ですが。

西山茂行とも同じゴルフ場がホームコース。

浜野GCでよくご一緒になりました。

風呂場で

「あんた、銀座の西山さんの息子か。親父さんは元気か?」

銀座の西山さん…

西山正行が赤坂へ事務所を構えたのが昭和54年。

その前約10年は二番町にいたから、銀座に西山興業株式会社の本社があったのは昭和40年代。

古いお付き合いでしたな。

西山興業株式会社は昭和30年代、40年代は、昭和48年に撤退するまで、銀座でナイトクラブを3件経営していました。

金田正一さんは当時のお客さまだったようで、西山正行と接点があったようです。

それで「銀座の西山さん」のままだったのかな。

父の西山正行は

「カネやんは夏でも長袖で肩を冷やさないように飲んでいたよ。夜も絶対に深酒しない、自己管理の厳しい男だった。」

と、よく聞かされました。

400勝、それも弱い国鉄での勝利は価値がありますね。

ご冥福をお祈りいたします。