AFTER THE GOLD RUSH

とおくまでゆくんだ ぼくらの好きな音楽よ――


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薄曇りの昼下がり、愛犬を連れて近所の公園までぶらぶらと。ゆるやかな坂をのぼり、かつて谷戸があったと言われる場所の頂に達すると、今度は下り坂。そこをゆっくり下っていくと目的地の公園がある。この道を通るといつも思い出す歌がある。六文銭の「私の家」だ。

  なだらかな坂道を
  くるまが登っていく
  坂の下には私の家がある
  大きな木の葉が
  空を隠している

及川恒平の素朴な詞に、六文銭最後のギタリスト原茂が曲を付け、自身で歌ったナンバー。穏やかで朴訥としたメロディも良いのだが、それを引き立てているのが、渡辺勝の虚飾を排したシンプルなピアノとストレイ・ゲイターズ期のケニー・バットリーを思わせるかしぶち哲郎の重たいドラムだ。六文銭でありながら六文銭的ではない、かといって、渡辺、かしぶちの両氏が在籍していたはちみつぱいとも違う、どこか西海岸を連想させる乾いたサウンドになっている。

この歌を口遊みながら、公園に向かう。頭の中に蘇ってくるのは、先週観たコンサートの一シーン。ベルウッド・レコード45周年記念コンサート。「さよならアメリカさよならニッポン」を歌う出演者たち。風都市のアーティストとその子どもたちだ。そこで浮き彫りになったのは、ある者の不在と勝者による歴史の書きかえ。小室等、及川恒平、四角佳子は何故ここにいないのだ? 大塚まさじ、ながいよう、武蔵野タンポポ団のシバ、中川五郎はベルウッドではなかったのか? 

今流の言葉でいうのなら、誰かが「忖度」しているのだ。80年代の音楽王達に。彼らが小室達と対極の位置で孤軍奮闘し、パイオニアの名に恥じない素晴らしい楽曲を残したことは否定しない。何よりぼくは、彼らの37年来のファンである。しかし、70年代にお洒落でナウなヤングがはっぴいえんどやはちみつぱいのレコードを小脇に抱えて青山通りを闊歩していたはずもなく、むしろじっとりと湿った地下の世界で蠢いている畸形な生命体としてのそれに近かったということは、だからこそ彼らに強烈に惹きつけられたぼくのような変わり者には、スティグマの如くメジャーへの怨念と共に深く刻印されているのだ。彼ら自身も自分達が端から主流であったかのような歴史の改ざんは一切望んでいないであろう。

大瀧詠一がベルウッド時代に発表した「あつさのせい」や「びんぼう」といった一連のノベルティ・ソングを「お前の書く歌詞は面白い」と高く評価した数少ない理解者として及川恒平は存在していた。ぼくは、そのことを大瀧がDJを務めるラジオ番組で知った。及川は当時ジョニ・ミッチェルに傾倒していたという。ジョニの「チェルシー・モーニング」を歌い、「ちぇるしい」という愛称もあった大瀧とは、諧謔的な歌詞に対するシンパシーだけでなく、音楽面でも話が合ったのかもしれない。そして、そのような意外な繋がりや両極互いにリスペクトし合う精神こそ、創立者である三浦光紀の大らかな人柄が醸し出す社風であり、ベルウッド・レコードの魅力の源泉であるような気がしてならないのだ。

そんなことを考えていたら公園に着いてしまった。愛犬が緑を駆ける。久しぶりにベルウッドの名盤「キングサーモンのいる島」を聴きたいと思った。

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