おかんが東京駅に来たのは、
26日 午前9時30分だった。
私が上野近くにいるため、
上野で降りたら?と聞いたら、
なんでも上野を通過する
最速の新幹線をとってしまったらしい。
年末のこの時期によく取れたもんだ。
というわけで、
私は東京駅へおかんをお出迎えしに向かった。
大の大人が。。。と思うかもしれないが、
田舎者にとって東京駅は魔窟だ。
おかんはとっても方向音痴で、
かつ人酔いも乗り物酔いも激しいため、
一人、乗り継ぎの難しい千葉へと送り出すのは、
娘として心配が絶えない。
幸い午前中は仕事もなかったため、
おかんをお出迎えし、
千葉へ送り届け、
その足で横浜へ向かう、
というスケジュールがうまくはまった。
+ + + + +
9時過ぎ、新幹線改札口で待っていると、
人混みに紛れて、おかんがやってきた。
私は帽子をかぶっていたため、
まったくこちらに気がつかない様子で
改札付近をうろうろしている。
私「お〜〜〜い!」
母「あ!わからなかったわ〜苦笑」
お互い、はははと笑いあいながら、
無事、新幹線改札口で出会うと
そのまま常磐線で千葉方面へ。
おばの家は、新京成線沿いなので、
東京駅からなら松戸で乗り換えたほうが便が良い。
交通費がかかるのもアレだろうからと、
私は予備のチャージ済みPASMOをおかんに渡して、
ここ2日の交通費に充ててもらった。
母「悪いわねぇ」
私「いや、このほうが速いし。
無駄な時間はかけてらんないから」
と、おかんの荷物をささっと奪い、常磐線へと向かった。
母「一人で来なきゃ行けなくなったときのために、
駅とか路線とか、覚えておかないと。。。」
私「一人で来ることなんてないんじゃないの??
一応、おさらいすると、
まず、新幹線の出口を出たら左に行って、
オレンジ色の路線に乗って、
あ、奥のオレンジのっちゃダメだよ!
降りてすぐのところにあるオレンジね。。。」
おかんはぶつぶつと路線を復唱していたが、
覚えたかどうかは、若干疑問が残る。
ま、今はLINEもあるし、
連絡手段はいくらでもあるから、と
とりあえずむつかしいことはやめて、
二人で電車に揺られて行った。
乗り継ぎの時、
おかんはPASMOの使い方がわからず、
母「え? え? これどうするの?
ここにタッチするの?」
私「そうだよー
(前も使ったはずだが・・・笑)
とりあえず新幹線の切符、精算して外に出て、
そうそう、ここでタッチ。。。」
母:(PASMOをタッチ)Pi!! おー!
まぁ、地元も別にSUICAがない駅じゃないのだが、
普段は車で生活しているだろうし、
電車に乗ることなんてほとんどないだろうし、
やはり新鮮だよなぁ。。。
そんな微笑ましさもありつつ、
一路、千葉のおばの家へと向かった。
私としても、
おばが亡くなったという感覚がまだ信じられず。
なんとなく意識はぼんやりとしていた。
これから年末に向けて、
火葬場が空いているのか、
検死はいつになったら終わるのか、
ぬこ達はどうなるのか、など、
モヤモヤと頭の中に雑念が浮かんでは消えて行った。
おかんは長旅の疲れか、ウトウトしている。
そういえば
よっちゃんは母のいとこだったよなぁ。。。
相続って、どうなるんだ??
まぁ、今それを考えても仕方がないか。
そんな予感が現実となるのは、
そう遠くない未来のことであった。
<続く>
