きっと、飛鳥には私しかいないんだ。

心のどこかでそう思っていた。

 

 

仲良くなるきっかけは些細なことだったっけ。

私が学級委員長で、クラスの中で少し浮いてるというか、自分から好んで廻りに壁を作っている人。

いつも見るその華奢作りの後ろ姿の隣には誰も居なくて。

お節介癖で手を掴んでみたら、あれ、結構笑顔が素敵だ。

 

その人が齋藤飛鳥だった。

 

 

「飛鳥って、なんで誰とも話さないの?」

 

 

「なんで、って」

 

 

「話せばこんなに楽しいのに、もったいないよね」

 

 

一年生のときは別のクラスだったから飛鳥がどんなだったかは知らないけど、この様子だとたぶん今と同じ。

これだけ可愛くてかつ優しいのだから、みんな知らないだけで、話せばきっと仲良くなれると学級委員の私から見てもそう思う。

 

 

「別に話したくないわけじゃないよ」

 

 

「じゃあどうして?」

 

 

「単に人見知りで、自分から声かけるのが苦手なだけ…」

 

 

「ふーん」

 

 

そんなもんかね。

 

まぁ…ある意味じゃそれが飛鳥の特徴というか、ミステリアスな雰囲気を醸し出している要因でもある。

今となっては飛鳥が一人でいるのが好きで、自分から距離を縮めることができない人見知りだったおかげで仲良くなれたのだから。

こうして移動教室の隣りを歩くことが出来て私はラッキーだったのかも知れない。

 

 

「私とは…」

 

 

「ん?」

 

 

「私と話すのは、大丈夫だったの?」

 

 

「人見知りがってこと?」

 

 

「うん」

 

 

「未央奈は最初のころから余所余所しくなかったからね」

 

 

長い黒髪を靡かせた隙間からくすっと笑ってみせる優しい横顔。

 

その横顔が物凄く大人びて見えたものだから、思わず見惚れてしまった。

まじまじとみていると振り返ってきた目と視線がぶつかる。

 

 

「ん、なに?」

 

 

「んーん、なんでも」

 

 

「なんだよ、気になるだろ」

 

 

「私のそばにいてくれるのは嬉しいけど、たまには他の誰かと楽しく会話してる飛鳥を見てみたいなーなんて」

 

 

そう言うと飛鳥はきまってこういう反応を見せる。

 

 

「いいじゃん、別に…」

 

 

儚げでどこか遠くを眺める横顔。

 

ああ、やっぱり。この人のこういう横顔も素敵だなって。

ミステリアスって、言ってしまえばそれは一つのチャームポイントくらいにしか聞こえないけど、なんでも優しく静かに言葉を受け止めてくれる飛鳥が好き。

 

 

そう。

好きなんだ私は。

 

飛鳥のことが。

 

 

ずっとそばにいたい。

 

朝おはようって言って夕方また明日ねって言うまでずっと一緒にぐうたら二人の温度を共有したい。

 

どこまでも私たちで。

どこまでも飛鳥は飛鳥らしくいてほしい。

 

普段そんなことを言い合うような関係じゃないことは確かだけど、それでもお互いに感じている信頼性はたしかなものがある。

 

 

まぁでも、飛鳥に新しい友だちができるならそれはそれで私も嬉しい。

単に人見知りなだけで好奇心は持っているのがわかったから。

 

 

だから私はあの子を飛鳥に紹介した。

 

 

与田祐希ちゃん。

 

私の幼馴染で近所に住む同級生。

 

 

彼女もまた飛鳥と同じように人見知りってだけで友達づくりが上手くいかないタイプの人間だった。

 

 

放課後彼女を飛鳥のもとに連れて行ったときも、会話なんて弾むはずがなかった。

 

ただただ二人とも私の顔を覗き込んでくるばかりで、自分から会話を振ろうとしない。

 

 

「…ぺこり」

 

 

「…ぺこり」

 

 

「なに、それ挨拶のつもりなの?」

 

 

「いや、だから言ってるじゃん人見知りだって…」

 

 

「大丈夫だって、私の幼馴染なんだからいい子なのは保障するって言ったじゃん」

 

 

「……」

 

 

与田ちゃんに関しては全くといっていいほど飛鳥と会話しない。

口をぎゅっと閉じてしまってまるで声を発しちゃいけないゲームの最中みたいだ。

 

 

いやまあ、こうなることはわかってたんだけど。

私なりに二人のことを考えていろいろ試行錯誤してみてるんだよ。

 

 

「じゃあ、私から二人に課題を授けます」

 

 

「かだい?」

 

 

「また未央奈が難しいこと言い出したよ」

 

 

この課題を設けたことで私はもやもやの渦の中へと潜り込んでしまうことになるなんて、このときは全くそんなことは予想できなかった。

だから陽気になってそんなことを提案した。

 

 

「今日から飛鳥と与田ちゃんは二人で登下校一緒にしてね」

 

 

「はぁ!?」

 

 

「えっ…」

 

 

「だって二人ともクラス別々なんだし学校だけじゃ話す機会少ないでしょ。私はいいから当分の間二人だけでチャレンジしてみてよ」

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

二人とも、先行き不安みたいな丸わかりの表情を浮かべて互いを見る。

 

それでも、なんだかんだ言ってもそれに応じようとする飛鳥はやっぱり私の好きな飛鳥だ。

 

 

飛鳥は与田ちゃんに向かって右手を差し出した。

 

 

「未央奈がまた変なこと言い出したけど、嫌じゃない?」

 

 

「ううん、全然いやじゃないよ」

 

 

「じゃあ、一緒に登下校しても大丈夫そう?」

 

 

「うん、たぶん」

 

 

与田ちゃんが飛鳥の手を握り返す。

そこが私たち3人のスタートだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1ヶ月がたった。

 

漫然と寂しさが詰まった思いを乗せた秋風がフリージア学園の長い坂沿いに靡く。

 

 

飛鳥は与田ちゃんとすっかり打ち解けた。

というよりは

 

 

坂のふもとから楽しそうに談笑しながら登ってくる二人の姿を捉える。

与田ちゃんはともかく、飛鳥のあんな嬉しそうな顔なんて私でも見たことがなかったのに。

 

もうすっかり私の居場所は与田ちゃんに取られてしまった。

 

 

いや、いくらなんでも仲良すぎだよ最近の二人…

手つないでるし

 

 

まぁ、でも確かに私が言い出しっぺなわけだけれども。

そこまで仲良くなってって言ってないし…

 

 

飛鳥、そっちいっちゃうの?

 

そんな私の思いが操作させたかのように与田ちゃんは突然駆け出して私の横をするっと追い越していった。

すると私に気づいた飛鳥が小走りで駆け寄ってきた。

 

 

「おはよう、未央奈」

 

 

「おはよ。あれ、与田ちゃんは大丈夫だったの?」

 

 

「うん。今日は日直の仕事があるからって言って先行った」

 

 

「ふーん…」

 

 

なんだか、飛鳥。

 

私と仲良かったときより今のほうがだいぶ大人びて見える。

風体もどこかキレイになった。

 

 

「飛鳥さぁ、与田ちゃんとは仲良くなれたみたい、だね」

 

 

「あぁ、うん…」

 

 

「何その返事」

 

 

飛鳥の様子が変だ。

なんかいつもと違う気がする。

 

お腹の調子でも悪いのか、それとも…私の質問に都合の悪いところがあったのか。

後者のような気がして、なんだか嫌な予感というか予兆を感じとる身体。

 

 

「手つないでなかった?」

 

 

「あ、うん。そう見えた…?」

 

 

「そう見えた、って。…そうにしか見えなかったよ」

 

 

もうやめといたほうがいい。

詮索するのはやめにしないと元に戻れないようなそんな気が。

 

 

「まるで“恋人”みたいに見えたからさ…」

 

 

「……」

 

 

「…っ」

 

 

何か言ってよ飛鳥。

そこで沈黙されたら非常にまずい展開に結びついちゃうよ。

 

 

「実は…さ」

 

 

やめて、聞きたくない。

 

 

「昨日から付き合いはじめたんだよね」

 

 

 

 

やっぱり

 

そうだったんだね

 

もう、そうにしか見えなかったよ

 

 

「それで…」

 

 

「もういいよ」

 

 

迂闊だった。

 

まさか、私が与田ちゃんを紹介したばかりにそんなことに。

嬉しい気分が少しあるけど、それに勝るほどの後悔が募る。

 

手がブルブル震えて、目頭が熱くなってくるのがわかった。

 

 

まだ付き合いだして一日って言ってたよね?

 

 

なら

 

 

「…やめて」

 

 

「え?」

 

 

「与田ちゃんと付き合うのやめて」

 

 

「みおな?」

 

 

「まだ会って一ヶ月の与田ちゃんと付き合うなんておかしいよ。…それなら私と付き合ってよ」

 

 

「!」

 

 

ずっとずっと好きだったんだ、飛鳥のこと。

 

ずっと前から。

 

いや、最初からそうだろう。

 

たぶんあの声かけたときだって、学級委員長のお節介くせだなんていい体裁だ。

初めて見たときからの一目惚れだったに違いない。

 

それで飛鳥に近づいて友達になろうって、私なりに勇気を振り絞ってみたんだ。

 

飛鳥そんなこと知らないよね…

知らずありのままの優しい心知を全部見せてくれたよね。

 

それでもっともっと飛鳥の優しさがわかってきたんだよ。

 

飛鳥は優しい。

 

だからよくわかってる。

 

こんなこと言っても私のほうに振り向いてくれるだなんてあり得ないって、全部。

 

 

それでも、依然棒立ちの飛鳥に向かって涙奥歯で噛み締めて言葉を絞り出した。

 

 

 

「飛鳥のことが好きだったよ」

 

 

上り坂の上から眺めた景色はちっとも綺麗なものじゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

交差する

 

 

 

 

 

 

//////////////////

 

 

 

 

 

 

Y&Aさんからのリクエストで

あしゅみおなよだっちょで二人が仲良くなって寂しさを感じる未央奈、というお題でした

舞台はフリージア学園(ドラマザンビ)でしたー(^^)

 

 

最終的には単純によだっちょに嫉妬する未央奈という構図になってしまいましたが、

如何だったでしょうか?

 

やはり二人が飛鳥を取り合うという形が一番しっくりくると思ってこうなりました♪

 

 

リクエストありがとうございましたー!