清水義範『蕎麦ときしめん』 | ぬめんちょ君、かく語りき

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小学校高学年から中学生あたりにかけて、2人の作家の作品を貪るように読みあさった記憶があります。1人は太宰治で、『人間失格』を読んでバッドトリップしてから「なんでこの人は僕の気持ちが分かるんだ!」という目眩のようなくらくらした感覚で、自分の生きる意味を追い求めるように『斜陽』、『ヴィヨンの妻』、『富嶽百景』、『桜桃』などを次々と読破していきました。

もう1人は清水義範です。魂をえぐる太宰の作品とはうってかわって清水義範は完全にユーモア作品です。笑うために彼の作品を読んでいました。どこからお金が出ていたのか記憶にありませんが、彼の著作は文庫本でほとんど手に入れて手当たり次第読みまくりました。今でも僕の部屋の本棚の2列分は清水義範のためのスペースとして確保されています。

さて、清水義範にハマるきっかけになったのが『蕎麦ときしめん』です。この短編集には「パスティーシュ作品集」という異名がつけられています。パスティーシュというのは元来は美術用語で、先行作品の模倣を表していました。清水義範は「文体模写」を得意としていて、現在では、「パスティーシュ」=「文体模写」=「清水義範」という公式がひろく一般化しています。

この短編集に収録されている短編は、どれもアイディア、文体、スタイルともにほとんど満点に近いほどの完成度なのですが、特に良いのが「序文」という短編です。日本語が英語の語源になっているという奇説を唱える言語学者の論文集の「序文」だけを集めた、という体裁の作品です。この言語学者は、「nameと名前(namae)」、「killと斬る(kiru)」、「battleと場取る(batoru)」などの具体例を挙げて、英語と日本語の強い連関を浮き彫りにして、英語の語源が日本語であると示そうとしていますが、これも含めて清水義範の創作なわけです。創作と分かっていながらも、なるほど本当にそうかもしれないと思うほど説得力がある、それでいて腹を抱えて笑えるほど痛快でもあります。最後にはどんでん返しもついてきて、本当に卓越したエンターテインメントの完成形といえる素晴らしい作品に仕上がっています。

清水義範の他の作品として有名なのが、作品発表の翌年からの入試形式を変えたほどの影響力を持った『国語入試問題必勝法』や、英語の教科書の登場人物たちの未来を描いた『永遠のジャック&ベティ』、メタ小説の体裁をもった『私は作中の人物である』などがあります。どれも本当に面白い、「面白い」という形容がこれほど似合う作家は他にいないくらい、とにかく「面白い」です。

中学校時代に、清水義範という作家に出会って本当に良かったと思います。太宰治ばかり読んでいたら、もっと鬱屈した思春期を送っていたでしょうから。清水義範のおかげで苦悩の中にも笑いのある幸福な青春時代を送ることができたと思っています。

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