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2005年03月30日(水) 00時38分27秒

ユリイカのブログ特集号購読雑感

テーマ:ブログ
昨日病院に行った帰りに本屋に寄ったら「ユリイカ」2005年4月号特集*ブログ作法が出てたのでさくっと購入。ブログ作法がどうとかじゃなくて、単純に自分が巡回しているブログの書き手の方々がかなり出ているので読みたいなと思って。ちなみに本屋にはユリイカ、4冊もありました。


まず、特集の内容以前で率直な感想を言うと、あー、ブログバブルもこの辺がピークでそろそろ下降線になるのかなーというのが正直なところ。だってユリイカでこんな特集が組まれるっていうだけで、なんつうか、ねえ?実際のところはブログの数が増えたからと言って数年前のテキストサイトピーク期に比べて面白い読み物が飛び抜けて増えたわけでもないし、ブログというツールが果たして革命的かと言うとそんなわけもないし、まあ、出版・マスコミ業界からすると目につく無視できない存在になってきているってだけじゃないのかなと。くさしじゃないですよ、念のため。

で、内容ですが、素直に面白かったです。座談会とか、ネット歴史話とか好きな人だったらはてなのコミュニティへの関心によらず楽しめるんじゃないでしょうか。逆にネット史にこだわりの強い人とかだと細かいところが気になるのかもしれないけれど。個人的には「子犬のように 黒田」話が出てきたのがかなり面白かった。あのページリンクしたところ片っ端から削除依頼されてたのか、笑ったなあ。何の話かわからない人は「子犬のように 黒田硫黄」で検索かけて探してみてください。人によっては単純に不愉快な話かもしれないけれど、まあ先月から黒田硫黄もアフタヌーンでマンガ家として復活したからよかったよねってことで。

あと、今回の特集記事の中で一番面白かったのは何と言ってもスズキトモユ氏の「ブロガーがネットを発見する」でした。ネット上で何か面白かったり有意義に思えることを個人でやろうとしたことのある人なら何とも言えない読後感があると思います。ネタバレはしませんが、スズキ氏の3月28日のはてなダイアリーを読むとさわりが書いてあるのでそちらを参照で。かなり暗い話のように思うかもしれないけれど、実際の記事はエンターテイメントとして面白く読めます。こういう内容を上手にユーモアを交えて書けるというのが文章芸だよなあと思います。少なくとも今の自分には書けない。だからここで書かれている「ブロガー」のことはいつも全力振り絞ってスルーしてます。罵倒芸に持って行くスキルもないし、真面目に啓蒙しちゃうほどお花畑でもないので。それよりも、スズキ氏の言う「闇の中にボールを放る」という行為に自己満足的に集中して、奇跡的に暗闇の向こうからいいレスポンスがあったときには素直にそれを喜びたい、といつも自分に言い聞かせてます。んー、この記事読んでいない人にはさっぱりな感想かもしれないですね、すいません。これは原文ぜひ読んでもらいたい、ということで。

他にピックアップすると、稲葉振一郎氏のネット個人史の話は、昔黒木掲示板をROMっていた身として面白かったです。過去の情報にアクセスが容易になるのにも関わらず、心理的、感覚的にはむしろ逆になるというのは体感的にもよくわかる話。情報のフローとストックなんていう話は最近の論壇系?ブログでもよく見ますが、ウェブのコミュニケーションというのは情報の断片をフローとして高速回転させて消費させることには適していても、逆にそのせいでストックを作りづらくしているのかも、と思ったり。そう考えると、ブログやSNSというコミュニケーションツールが一通り出尽くした後は、コミュニケーションを回避して情報をフロー化せずにストックさせるのに適したツールへと回帰していくのかも。まあ、ブログでコメント欄とトラックバック閉じて個人で地道に積み重ねればいいだけなのかもしれないし、あるいはWikiなんかが情報のストックツールとしてもっと活用されていくのかもしれないけれど。

他にも触れたい記事は色々あるんですが、とりあえず雑感ということでこのくらいで。ネットのメタ議論とか好きな人たちは楽しめるんじゃないでしょうか。あと、こんな特集二度とないだろうなーということで記念碑的な価値もあるかも。

「そういえば昔ブログブームなんてあったよなー」
「あれすごかったなあ。ユリイカまで特集組んじゃってな」

みたいな。
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2005年03月29日(火) 02時40分26秒

風邪がひどいので脅迫状を出すことにしました

テーマ:雑記









なんかもう一旦は治ったと思った風邪が先週末くらいからまたひどくなってゲホンゲホンいうのが止まらなくてしかたないので、コロコロザイーガエイプリールフールトラックバック企画の脅迫文作成に応募することにしました。締め切りも近いしね。

エイプリールフール企画だから嘘の脅迫文でいいはずなのに、体が弱って頭が回らないせいか、わりと素です。いや、ほんとこのセキなんとかしてください。病院行って薬もらったけどつらい。ペリー風に言うならトッコウヤククダサイヨー。え、つまらない?それは体が弱って頭が回らないせいということで……。あ、抽選番号は065です。
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2005年03月26日(土) 01時42分22秒

偽PJのネタ記事に神保哲生氏から真面目なトラックバックがついちゃった件について

テーマ:ニュース
えー、さっき書いたこのエントリは、犬にかぶらせろ!で募集していた偽パブリックジャーナリストとしてのパロディ記事のつもりだったんですが、ライブドアPJニュースっぽさを出そうとするあまり、人によってはネタなのかマジなのか分かりにくかったかもしれません。ここで改めて宣言しておきます。



 











ネタに決まっているじゃないですか!





……で、ジャーナリストの神保哲生氏から真面目なトラックバックがついちゃっているんですがどうしましょう。これはネタのクオリティが高かったと喜ぶべきなのでしょうか。「釣れた!wwwwwwww」と高らかに誇るべきなのでしょうか。正直な気持ちを言うと、笑っていいのか悪いのかわからない複雑な心境です。いやー、ネタにマジレス喰らうのってなかなか焦りますね。しかもプロのジャーナリストからだなんて。ひょっとして俺が釣られているだけだったりして。
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2005年03月25日(金) 22時20分09秒

ライブドアPJニュースはマスコミの権威を壊す逆説的な鏡だ!【東京都】

テーマ:ニュース
【偽PJニュース 03月25日 東京都】- ライブドア・PJニュースが今インターネット上で注目されている。私利私欲で動く巨大メディアのどうしようもない閉塞感に嫌気が差した21世紀の市民にとって、ライブドア・PJニュースはまさに一筋の光明と言える。

しかし一部ではパブリックジャーナルとはこども新聞との声も聞こえる。確かにまだ歩き出したばかりのパブリックジャーナリストたちの書く文章はややぎこちなく映る。中には普段ブログにかいている日記のようなってしまったという大胆極まりない書き出しで始まる記事もある。

「妄想」かもしれないが、ライブドアPJニュースはこのような記事を連発することで既成のマスコミの権威を壊しているようにも見える。つまり、マスコミの記事も権威にとらわれずに読めばこの程度にしか過ぎないということだ。新聞の社説、テレビのコメンテイター、どれも権威の皮を一枚剥げばライブドア・PJニュースと同じだ。むしろ賃金の違いを考えたらそれ以下と言ってもいい。つまり、ライブドア・PJニュースとはマスコミの鏡であり、逆説的なマスコミ批判なのだ。

21世紀のメディア社会では、マスコミではなく市民がパブリックジャーナリストとして権威にとらわれない自由かつ素朴な感情に基づいた意見を発信することができるようになる。そのときマスコミはどうなるのか。ダーウィンの進化論を持ち出すまでもなく、
『勝ち残るのは、強いものでも、大きいものでの、まして智慧あるものでもない。時代を読み変化に対応していけるものだけが生き残れるのだ。』


だから若者よ、マスコミを信じるな。金の勉強を始めよう!!【了】

ライブドア 非公認パブリック・ジャーナリスト にっく

2005年03月25日22時20分

偽パブリックジャーナリスト募集

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2005年03月25日(金) 00時12分13秒

アーケードゲーマーにとっての背伸び(後編)

テーマ:ゲーム
前編はこちら

前回、アーケードに対戦格闘が登場したことによって各地のゲーセンに常連同士のコミュニティが生まれるようになったというところまで書いたが、その続き。

ゲーセンでの常連同士のコミュニティというのは、何も対戦格闘に限ったことではなく、それ以前からもコミュニケーションノートなどを介して形成されることはあったが、決して活発とは言えず、あくまでごくごく一部だった。しかし、対戦格闘においては対人戦という性質上互いを意識しやすく、コミュニティの形成は必然的とも言えた。

しかし、こうしたコミュニティの形成はある意味で、ゲームを介したヒエラルキーの形成とも言えた。始めこそお互いに顔見知りとなって一対一の関係から友好を築くが、この人数が増えれば、自然とコミュニティ内に秩序が生まれていく。はっきり言ってしまえば部活のコミュニティと大差がない。それが悪いこととは言わないが、一人用のゲームで味わえたカタルシスを得るには厳しい環境なのは確かだ。対人戦というのは結局どこまで言っても他人との相対評価だし、コミュニティの中にいるということは自然と自分のポジションを思い知ることでもあるのだから。

そして、最も不幸なのが一般プレイヤーなのは言うまでもないだろう。常連プレイヤーにとって大半の一般プレイヤーは手軽にカタルシスを得るための絶好のカモと言える。ブームのころは一般プレイヤーの比率も高かったからまだマシだったが、時間がたてばたつに従いピラミッドの下層部分にあたるプレイヤーの人口は減り、彼らは腕を磨くにふさわしい同じくらいの実力の人間にあうこともできず強いプレイヤーに負け続け、そしてゲームから離れていくこととなった。もちろんそのことに危機感を持って、初心者狩りなどの行為を嫌うモラルのあるプレイヤーもいることは付け加えておくが、プレイヤーの平均レベルが上がれば上がるほど下の人間にとって酷な環境になることは避けがたく、初心者を始めとする下級プレイヤーにとって楽しみづらい環境であることには変わりがない。

上を目指すプレイヤーたちはコミュニティ内で互いに腕を磨き合い、ときには強いプレイヤーがいると評判の地域に腕試しの遠征に行き、ときには大会に出場して競い合い、同時に各地域同士の交流も深めて大きなコミュニティを作り上げていった。彼らが求めるのは強さだが、上手さの伴った強さが求められた。ゲーム的にローリスクでハイリターンな手段は嫌われ、自粛する不文律が生まれた。いわゆるローカルルールだ。戦い方が汚いという理由で身内からも嫌われてコミュニティを追放されたプレイヤーもいた。単に強いだけではなく、周囲からも認められないとやっていけない世界なのだ。そこで孤高を保てればそれに越したことはないが、コミュニティが形成されている中で孤高を保つというのはそう簡単にできることではない。だからほとんどの人たちはオピニオンを作り出す一部の人たちの顔色を気にしつつ「正しい」プレイを心がけなくてはならなかった。その不文律を正しいと信じる人たちにとっては秩序ある空間だが、そうでない人にとっては窮屈であることは言うまでもないだろう。

また、お金の問題も極めて深刻だ。一人用のゲームは上手くなれば必然的に長時間のプレイが可能で、1日ワンプレイでもじっくりと上達を図れたが、対戦格闘ではプレイ時間が短くなり、腕の上達を目指すには大量の資金が必要となる。通算投入資金数万円どころか十万円以上のプレイヤーも珍しくない。センスのいいプレイヤーは少ないプレイでも上達が早いが、そんなプレイヤーはごく一部でしかなく、大半の上位プレイヤーは廃人と呼ばれるまでに金を注ぎ込んだ。借金だらけと噂されるプレイヤーや、友人の金を盗んだ挙げ句逃げていったプレイヤーまでいた。

こうして、対戦格闘が主流になったアーケードは、かつてと違って気楽に背伸びが望める環境ではなくなってしまった。対戦格闘はインカムのよさもあってアーケードを席捲したが、背伸びのカタルシスを得るには酷な環境を作り上げてしまい、人々をゲーセンから遠ざける結果ともなった。僕自身も、スト2シリーズとバーチャシリーズで今書いた世界にどっぷり浸かっていたのだが、最終的には疲れ果ててやめてしまった。特に、通常の人間関係にゲームの腕がプラスされた形で作られる人間関係にはうんざりだった。そうは言ってもちょっと前にはZガンダムで久々に本格的にやり込んで常連の輪に入り、同じ風景を見てきたのだが。

人は同じ過ちを繰り返す、まったく。
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