川越の成田山(川越不動) | おだわらぐらし

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縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わいたいと思います

川越城、三芳野神社、を観てー

続いて訪ねたのは久保町(クボマチ)の成田山-川越別院・本行院(真言宗智山派)、です。


↑参道のゲイトには「喜多院」「成田山」が並んで記されていました。(もちろん別々のお寺ですが 一つの門前町をもっている、という事でしょうかね?)

ゲイトを潜ってすぐ、の右手の角に お不動さん。

「みまもり不動」だそう。
従える童子は 左が制吒迦(セイタカ)、右が矜羯羅(コンガラ)。

バス通りを進み・・・


(↑バス停「成田山前」)
北の門から境内へ。

寺号票の上に、瓦に、載る紋は「輪宝」。



いきなり本堂脇に出ました。

本堂は東向き_。(時に/ 川越って お城もだけどお寺も神社も 東向き、が多いですね?なぜだろう? 南向きだったのは 氷川神社位ですよー。)


手水舎で手を清めて_

お堂へ伺います。

改めてこちらは_
嘉永6年(1853)に石川照温(一心坊)というお坊様が廃寺になっていた久保町本行院を復興し 成田山新勝寺の不動尊のご分霊を安置したのが始まり、というお寺。明治10年(1877)には成田山の別院となっています。/ 一心坊さんは30歳の頃目が不自由になりますが 成田山新勝寺で苦行をつんだ結果 目が見えるようになったそうです。 そういう事もあってでしょう、今も 目の病を持つ方のお参りが多いようです。



堂内からは 太鼓の音とともにエネルギッシュな読経の声が聞こえてきます。
↓北に おびんづるさん。

(↑私の前にいらした男性が おびんづるさんの耳と目を撫でていかれましたよー)
↓南に 絵馬掛け。

(「め」の字を二つ描いた絵馬も見えます。)

お堂の北の池に架けられた橋の上を歩いてみます。

橋の手前に 何やら・・・

↑「隠れた 幸せ不動を探せ」とな?
↓ところで・・・この池にはアカミミガメが沢山いましたよー。




あんまり沢山亀を見たので

水掛不動さんの足元の石亀も

↑「まあ、こんなところまで(池から)上がってー」と思ってしまいました。。。
↓池の周りには いくつものお参り処がありましたが それらを見て回るうち 亭主が・・・





↓「あー あそこだー 多分ー」と 岩の隙間の奥を指しました。

おお、幸せ不動さん? かどうか 実は肉眼ではわかりませんでしたが 亭主がデジカメでズームを使って撮ったらー

↑写ってましたー。/ この画像をお寺の受付に見せたら 「毎日先着で 『幸せ不動シールお守り』をお授け・・・」してもらえるそうですよー? (いえ 私達は授与所には伺ってませんが^^;)

境内には他にー

お不動さんの石像、鐘撞堂、

お稲荷さん、


(↑扁額には仏教系の「吒枳尼天尊(ダキニテンソン)」が記されていました。)

そして大師堂。


大師堂の回りには霊場のお砂踏みが作られていました。


棟続きの隣の壁無し建屋は 絵馬堂かな?


東の表門から退出いたします。

振り返って_

ありがとうございました。

続いては 川越大師_喜多院(天台宗)へ伺います。