芦ノ湖の畔の「賽(サイ)の河原」を見た後は、 鎌倉時代に「賽の河原」と呼ばれていた 精進池(ショウジガイケ)、の畔に建つ~
「石仏群と歴史館 (保存整備記念館)」へ 行ってみました。
この池の周辺には 現在「元箱根石仏・石塔群」と呼ばれる 中世の地蔵信仰の篤さを偲ばせる人工遺物が沢山残されているのです。
↓以前訪ねた時の話~
今回は遺物巡りはしていませんが、 前回 ざ っとしか眺めなかった 館内の資料をしっかりメに見ました_。
↑さてこの入口脇のガラスに記されている「丸三つ・・・」みたいなマークにご注目_。
これは この日泊まった宿のトレードマークにもなっていたのですがー 地蔵菩薩を表す種字(シュジ)「イ」なのだそうです。
(地蔵菩薩を表す種字には「カ」もあります。仙石原の長安寺では「カ」の字を沢山見ましたよー。↓
六道の六地蔵の中では預天賀地蔵(ヨテンカジゾウ)が「カ」、金剛宝地蔵(コンゴウホウジゾウ)が「イ」を種字にお持ちのようです。/ 情報を頂いたサイト ⇒ http://tobifudo.jp/bonjisho/maru/index.html ←飛不動龍光山正寶院の「形から引く梵字字典」「丸のある字」 の頁)
展示室へー。
中には樹脂で作られた 石とお地蔵さん達が~。
(↑んー、レプリカの前の賽銭箱はレプリカなのか 本当に喜捨を期待して置かれたものなのか・・・)))
なぜ精進池周辺にお地蔵様が沢山造られ祀られたのか~ が書かれています。↓
↑それは「この地が地獄と思われていたことと深い関係があるようです。」だそう。
↓江戸時代になると 東海道が整備され、箱根越えの道は 畑宿(ハタジュク)を通るようになってー 精進池周辺は人が通らなくなります。 代わりに人々は芦ノ湖湖畔を賽の河原に見立てるようになっていき 地蔵像や供養塔が立てられていった~。
↓芦之湯温泉について。
尚、芦之湯温泉というのは 芦ノ湖の畔~ ではなく ここから更に山を上がった先の 阿字ヶ池(アジガイケ)周辺の温泉で 箱根七湯の中で「実録」的には一番古い温泉、 だそうです。(伝説 を含めると 湯本が最古。)
(↑あー 情報がちょっと古いなー。フラワーセンター 今はもうないのよねー・・・)))
さてでは 芦之湯温泉へ行ってみましょうー。/ つづく