石清水八幡、頓宮(トングウ)とその周辺 | おだわらぐらし

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縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わいたいと思います

又 別の日(先月末)に行った 石清水八幡のある男山の麓の頓宮 とその周辺の写真を貼ります。

この日は車で行きましてー 頓宮の駐車場に車を停めて辺りを散策しました。

↓安居橋(アンゴバシ)。(下を流れるのは大谷川、ですが この一帯では 放生川(ホウジョウガワ)と呼ばれているそうです。)

昔は蛍の名所だったそうですよ? 「その上(カミ)に たれか放ちて 此の川の たえぬばかりに 蛍飛びかふ」って歌もあるそうな。

川の向こうに見える古い家並も素敵ー。

いつか あっち も歩いてみたいと思います。

駐車場の北に 頓宮。

(モヤってるのはブロワーによる土埃)

丹塗りの柱を持つこの南門は 昭和14年に山上の八幡神社の南総門を移したもの、だそうです。

門の手前の受付で駐車料金(500円)を納めます。

門を潜ると正面に頓宮の社殿。/ 元の社は 鳥羽伏見の戦いで焼失。(えー?鳥羽伏見ってここから随分離れてるけど???) その後は男山にあった「岩本坊 (尊勝院)」という寺の建屋を移築して仮宮としていたそうですが、大正4年に現在の建屋に建て替えられています。(+平成に入って 頓宮及び南門の屋根を 檜皮葺きから銅板葺きに 葺き替えたそうです。)


説明板。「石清水八幡宮 頓宮 極楽寺跡」。

これによると_
9月15日にここ頓宮では 勅祭「石清水祭」という、仏教の「放生会」にルーツをもつお祭が行われるそうです。(板には 魚を川に放す子供の写真が載ってます)


又、頓宮の西にはかつて「極楽寺」というお寺があったと言います。



徒然草の第52段にも 「仁和寺にある法師、年寄よるまで石清水を拝まざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、たゞひとり、徒歩より詣でけり。極楽寺・高良(コウラ)などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。」と出てきますね?
極楽寺は頓宮と一緒に 鳥羽伏見の戦いの折に焼失しましたが、お堂の本尊の阿弥陀様は少し南の 善法律寺 というお寺に移され 今も守られているそうです。

↑現在頓宮の西には「頓宮斎館」という建屋が建っています。
(↓航空写真)

中世の絵図には載っていませんが、現在は頓宮+頓宮斎館の北には「放生池」という池があります。この後 行ってみます。

境内西の 黒い板塀の向こうに(写真では分かり辛いのですが)大きな五輪の塔が見えますが、こちらからは行かれないので_ これも後で行ってみる事に。


あら、保育園児のお散歩かな?

北の門から出ます。

↓門から見た北の鳥居。「一の鳥居」だそう。
↓その手前に「筒井」。

筒井というのだから 円い井戸かと思ったら・・・

四角い井戸でした。(それともこの下に筒が?)

↓「筒井」、と刻まれた石。/ この井戸についての説明は 神社の公式HPにもありませんでした。造り的になんとなく お寺の阿加井っぽいような気がするのですが・・・どうなんでしょう?


参道の西側に_

池。これが放生池ですね? (水蓮が繁茂していて すぐには池とはわかりませんでした^^;)

池の奥に高床式の(???)建屋が見えます。

頓宮斎館の裏手にあたるようですが 居住空間ですかねー?(水と緑に囲まれてて 素敵~)


一の鳥居を 北側から見たところ。(これが本来のお参りルートですね?)

扁額(縁の金が豪奢でお洒落。そして鳩の「八」がかわいらしい~^^)

(この扁額についての詳しい話は公式HPで⇒

案内板。

↓広域MAP

↓近隣の見所

↓石清水祭の様子。(写真は、夜 山上の本宮から御霊を頓宮に移している場面でしょうね?)


イラストマップ。



アベコベにお参りしてしまった・・・。(そうとは知らずにですが)

一の鳥居前に 和菓子の「走井餅老舗」。(花見の時に山上の土産物販売ブースでお餅を買った事がありますが、そうか お店は頓宮の鳥居前にあったんだー)


五輪の塔の方へ行ってみます。

頓宮境内地は竹の垣で囲まれていました。

垣に沿って進むと、



右手に神応寺(曹洞宗)。明治の神仏分離令以前は このお寺が石清水八幡の神宮寺だったそうです。(へー)


更に行くと、石垣の上に五輪の塔が現れました。

頓宮境内から門越しにチラと見えていた石塔がこれ ですね。

(↑写真ではお伝えできませんが 「おおきい!」んです)
「航海記念大石塔」ですって。

↓脇に立ってた説明板。

http://hmuseum.doshisha.ac.jp/html/research/report/report5/yahata.pdf
(↑同志社大学歴史資料館館第5号 PDF。これには航海記念大石塔は「蒙古退散後の大法会の時期に 公安の役(←二度目の蒙古襲来)により死んだものの供養のために建立されたものと思われる。」と載っていました)

では戻りましょう。

↑この門が開いていれば頓宮の前に出られるのですがー・・・。
迂回します。

山側にはお不動さん。

杉山谷不動尊。

(実は上がってみたのですが 話が散らばるので ここではあえて飛ばします)

頓宮境内へ戻ろうとしてます。がー・・・

ここ歩いてて 怒られないかしら? と思うような 道 とは呼べない傾斜地を歩く事に・・・
でもなんとか頓宮の摂社:八幡地区の氏神を祀る 高良神社の脇に出ました。


拝殿?舞殿かな?

そして神殿部。

南側から拝殿(か舞殿か)越しに見るとこんな感じ。

境内南にはタブの木があった。(知り合いに椨(タブ)さんって人がいるので「そうかーこれがタブかー」と思った)

高良神社のご神木で 厄除けの木 ですって。

ここも(頓宮+極楽寺と一緒に)鳥羽伏見の戦の折に炎上したそうですが、明治に入って跡地に再建されています。

石段を下り、鳥居を抜けると 頓宮前に出ました。


駐車場に戻ります。

山側に石段が現れました。裏参道、です。(距離的には短い、けど勾配がきつい、んですねー)


駐車場の南に見える鳥居(二の鳥居)の先は 表参道。(こちらは、坂は緩やかだけど 道のりは遠いー)

話はあちこちしますが、
仁和寺のお坊様、頓宮と極楽寺 高良神社だけ拝んで (山の上に八幡神社本殿があると知らずに)帰られたとは かえすがえすも 残念^^;) この先 もうちょっと歩かれればよかったのにねえー / おしまい。