門戸厄神(モンドヤクジン) | おだわらぐらし

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縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わいたいと思います

さてでは いよいよ(?)門戸厄神こと嵯峨天皇勅願所 松泰山 東光寺へ。石清水八幡宮、天野明神(丹生都比売神社)に並ぶ「日本三大厄神」の一つだそうです。/ 三大厄神にはかつて空海が彫った厄神像が一体ずつ納められていましたが(←因みにこれを「日本三体」と言うそうな) 現存するのはここ東光寺のみ、ですって。

(補足// 門戸は地名、厄神は 愛染明王と不動明王が一体化した 日本独自の明王様)

階段を上ります。

(脇にお賽銭を入れる籠がー)


門があった。

右の室は制多迦童子(セイタカドウジ)、左の室は矜羯羅童子(コンガラドウジ)が守っています。
↓扉の上には「開運社」の文字。


門を潜った先に 又階段 そしてその上に楼門。


由緒書

天長6年(829年)嵯峨天皇 御年42歳(←Wikiでは41歳)厄年の時、愛染明王と不動明王が一体化し 諸々の災厄を打ち払うという霊威を夢幻に感得されます。それを聞かれた弘法大師は自ら白檀木で 三体の厄神明王像を刻まれました。 三体はそれぞれ  国家安泰のため天野明神へ、皇家安泰のため石清水八幡宮へ、そして一般庶民の厄除けのため ここ東光寺へ祀られました。/そうです。

不動堂では「添護摩(ソエゴマ)」を受け付けていました。

護摩木の書き方指南の板。

(「裏に願い事 (一つか二つ)」っていうのに くすり^^; 一杯書いちゃう人がいるのかなー?)

手水舎。

手を清めます。


手水舎横の庭_

まるで狸の楽園のようでした~。


石段を上がり 楼門を潜り~ 

厄神堂前へ。

秘仏・厄神明王像が祀られています。

お堂横の壁に飾られていた近くの中学の生徒達による卒業制作 「ふるさとのまつり 厄神さん」。大作です!



厄神堂の右手 南面して建つのは_

本堂にあたる瑠璃光殿。/本尊・薬師如来が祀られています。

寺務所

寺務所横からの眺め



境内南側には_
大黒天のお堂



延命魂 (高野山奥の院にあった樹齢800年という大木の根)

大師堂が。


帰り道には_

古札納所、(しめ縄お断りの文字が印象的?)

人形供養の棚(11月19日が人形供養祭なので 棚には3ヶ月分_数体しかお人形がありませんでした)

_ が ありました。

順路に従っていくと やがて出口「南門」に出ました。

退出いたします。/ありがとうございました。

参道の脇には テントが設営されていました。/多分3日の節分に向けての準備なのでしょう。


「やくじんさん筋」という道に出ました。

参道をそのまま進むと 門戸厄神駅前に出ますがー
今回は廣田神社まで行くつもり。

ここからは この「やくじんさん筋」を西国街道の方へ歩きました。/つづく