
(↑出町柳駅を出て、高野川(タカノガワ)に架かる河合橋を渡ってるところー)

(↑葵公園横を北へ上がります)
一の鳥居を潜ります。(横の石柱に刻まれているのは下鴨神社の正式な社名「賀茂御祖神社(カモミオヤジンジャ)」)

秀穂舎(シュウスイシャ)の・・・

前を通って・・・


泉川(イズミガワ)(←井出ヶ鼻井堰から 高野川の水を引いています。下鴨の瀬織津姫(セオリツヒメ)の祠の裏を流れる川です。) のせせらぎを渡ります。

参道を進み~

御蔭通(ミカゲドオリ / 府道30号線)を渡ります。

まず摂社 河合神社へ伺いましょう。

「瀬見の小川」を渡ります。/渡る橋は「紅葉橋」。

(近くのプレートに、鴨長明の詠んだ 新古今和歌集に載る歌が書かれていました / 「石川や 瀬見の小川の清ければ つきも流れをたづねてぞみむ」)
言い伝えによると、この川に丹塗りの箸が流れてきて それを拾った玉依姫が賀茂の神様を身ごもった~ そうです。(山城国風土記には 丹塗りの矢+鴨川 と載るようですが)
そうそう、河合神社は 古くは「 鴨川合坐小社宅 (カモノ カワアイ ニ イマス オコソヤケ)」と呼ばれていたそう。_なるほど、そこからカワイ神社 になったんですねー。
実は河合神社は初めてお訪ねします。下鴨神社は再々訪なんですがー こちらは観光指南書などに「美を求める女性のためのパワースポット」みたいな謳い文句(?)つきで載っていて 「私には関係ないな」とスルーしてました^^;)
が ここに鴨長明の方丈が再現されているとわかったので「ほぅそれは!」と。

由緒書


手を清めましょう。

(竹から石の樋に滴る水は白い小石に落ちていました。何か謂れがあるのかしら?)

その先の丹塗りの垣の内に「三井社」という神社がありました。

三井家の祖霊が祀られているのかな? と思いましたが(全然違って^^;) 下鴨神社の祭神_賀茂建角身命(上賀茂の神のお爺さん)+玉依媛命(上賀茂の神のお母さん)に 伊賀古夜媛命(上賀茂の神の御婆さん)、の三柱の神を祀る神社で 別名「三塚社」という、そうです。
門を潜ります。

境内に入って左手に授与所がありますが そちらにあった絵馬。_手鏡の形に 顔 が描かれています。こちらの名物(?何と言ったものか)「鏡絵馬」です。

鏡絵馬を求めた人は右手の「鏡絵馬 御化粧室」で 思い思いにおけわいをしていました。

綺麗にメイクできたら 奉納~。/ 御祭神:玉依媛命(タマヨリヒメノミコト)の御神徳の一つに「女性の美しくなりたいという願いを叶える」があるから、ですってー。
正面は拝殿かな?(舞殿とも見えるけれどー)


その奥の本殿。/御祭神は初代:神武天皇のお母様 玉依媛命(タマヨリヒメノミコト)。舟に乗って川を遡り 水源の近くで水神を祀った(←貴船神社の始まり)方ですね? (下鴨神社の祭神である 賀茂の神の母神様も玉依姫命(タマヨリヒメノミコト)なので ややこしい^^;)

本殿右手は「鏡絵馬」の奉納場所。

本殿左手には_

↓貴船神社。(祭神は水の神_高龗神(タカオカミノカミ))

↓更にその左手には「任部社(トウベノヤシロ)」(古名:専女社(トウメノヤシロ))。ここの祭神は八咫烏(ヤタガラス)です。 (専女はおばあさんの事。なぜ八咫烏が祭神になったのかしら?ちょっと不思議ですね?)

昭和6年にヤタガラスがサッカー協会のシンボルに制定されて以降は サッカーの必勝祈願にこの社を訪れる人が増えている~ そうなー。
境内の西側には六社(ムツノヤシロ)。

そして境内の東側には_
鴨長明の方丈(移動に便利な組み立て式簡易住居)が再現されていました。



鴨長明は社家に生まれながら禰宜になる事ができず 世を儚んで『方丈記』を書いた~ とか。/そうと思うと簡素な方丈の佇まいも 一層詫びて感ぜられる事ですねー。
さてでは 改めて下鴨神社の方へ~。/ つづく