両足院(リョウソクイン)で半夏生(ハンゲショウ)の庭を拝見しました | おだわらぐらし

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U-sanのブログで見て 「おお!」と思った両足院の半夏生のお庭、私も早速拝見しに行って参りました!(両足院は平素は非公開の 建仁寺(カンニンジ)の塔頭(タッチュウ)。いつかお訪ねしたいと思っていたんですよー。公開日に気づけてよかったよかった。U-sanありがとう。)
場所は 建仁寺の法堂(ハットウ)の東、です。

(法堂の前を東へ歩いております)
↓あ あそこですねー?


(って 植え込みを突っ切って行く訳にはいきませんから 当たり前ですが迂回します^^;)

↓この立て看板に載ってるのが「半夏生」ですね?

行ってみましょう。

ん?右の石柱に「毘沙門天王」と刻まれていますが・・・ 「両足院」の文字がないー。これは この奥に両足院があると知る人しか通れない??? (実は両足院さんの本当の御玄関はこのもう少し南。ここはお庭の公開のために便宜的に拝観入口として使われている、んですねー?)))

石段の先には ・・・ 毘沙門堂~

お守りするのは 狛犬ならぬ「狛虎」。

毘沙門堂には時々「狛虎」がいますが、これは毘沙門天が 寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻に誕生し 虎が眷属になっているから~ らしいですー。(ついでのオマケで百足も毘沙門天の眷属らしいー)

って、、、
今回は毘沙門堂ではなく その奥の両足院をお訪ねするのでした。


こちらが両足院の拝観受付。

600円 納めて建屋の方へ。

お庭はこっちかなー?

と思ったのですが、そっちはお庭を拝見した後に帰路として通る側 でした。
順路通りに行きましょう。


涼やかな苔の庭に出ました。

↑左手のお堂:仏殿の中で 架けられた絵や襖絵の説明を伺いましたー。(堂内は撮影禁止でしたので絵はありませんー)
濡れ縁に沿ってお堂を回ると、その先にー・・・

「半夏生の庭」が見えてきました。

ほぉーぅ 爽やかな涼味のある 初夏の庭だ。

池を縁取るように咲く 白く清らかな花。癒されるー。

(ええ 花のように見える白い部分は葉っぱ、ですね。はい。)

北側の建屋から お庭を鑑賞するようになってるみたいですね、行ってみます。

ここは 祇園、だよねえ? どこか遠くの山辺のお堂にでも来たような・・・。






清浄な空間で ただに ただに 清らな花を愛で、 心の垢を洗い流しましたー。

お訪ねできて よかったー。

退出した後はー

建仁寺境内を南へ抜けて

六波羅蜜寺(ロクハラミツジ)へ行ってみました。/つづく



<ぽつり>
公式HPによりますと_ 両足院は 鎌倉末期の開山当初は「知足院」と言ったそうです。が1536年に火災で焼失したお堂を再建した折に「知足院」とその別院(徒弟院とも)「両足院」を合わせて「両足院」としたそうです。別院の方に名称を変えた理由は 時の天皇:後奈良天皇の諱名「知仁」に遠慮をしたためでは?と考えられているようです。 / しかし知足 の意味はわかりますが(足るを知る=満足、ですね?) 両足って? 徒弟院であったなら「並びて足る」だったのかな?  改称の折に「両足」としたのは「二つ(の院を)足す」に通じますし 両には「再び」の意味もあるといいますから  もし「知」の字を使う事が遠慮されていたのなら妥当な選択だったのかもしれませんね? // 何かわかったら書き足しましょう。

<+>
仏殿での説明は 私はお話の途中から伺ったので 襖絵の話(「左の人が 室町初期に渡来して饅頭製造を日本に伝えた中国人:林浄因(リン ジョウイン)さんですー」) 位しか聞けなかったのですが_
実は 知足院の別院としての両足院は1428年、お饅頭の始祖:林浄因の孫、文林寿郁(ブンリン ジュイク)によって始められているんですねー。
そういう訳で 両足院は「饅頭始祖の寺」とも呼ばれています~ 
といった説明が伺えたそうですー。(へー)