闘竜灘(トウリュウナダ)で鮎を食べました | おだわらぐらし

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縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わいたいと思います

昨日は家族で 加東市の闘竜灘へ行きました。

小学生の時に来て以来ですー。すっかり様子が変わってる?

(確かこの辺りは駐車場だったようなー)

で以前と変わらぬ と思われる祠には見覚えが無かったり^^;)


(水神様 すみません)

しかし

闘竜灘は 変わりようがない!

わー

静止画ではお伝えのしようがないけれど、凄い水量で、水面を見てると 眩暈がします。(子供の頃は怖くて近寄れませんでしたよ)

(前日 前々日の雨の影響でしょうか)

ここは加古川の中流なのですが、この灘のせいで水運が ここまで と ここから に ふつりと断たれてしまっていました。


舟荷は 灘の部分は陸揚げされ 馬で「川上」或は「川下」の舟着き場まで運ばれ、そこで改めて舟に積まれたと言います。
木材の場合は、 山で切り出された木材は 筏(イカダ)に組んでここまで運ばれ_
一本ずつにバラされて「滝落とし」にかけられ・・・
その後又筏に組みなおされて川下に運ばれた、のだとか。(大変だー)

が、明治に入ってフランス人技師ムースの指導で「掘割水路」が開かれー

木材は筏の組みかえ無しで 下流に運ばれるようになったそうです。(めでたしめでたし)

この新しいルートは物流に貢献しただけではありません。
鮎達にとっても楽な新遡上ルートとなったので、人間もそれ利用し、ここで 鮎を網ですくう「鮎汲み漁」を行った、といいます。 (へー)

↓するとこの小滝群は 掘割水路ができるまで鮎に利用されてきた「魚道」、かしら?

↓因みに、地元ではここに樋(ヒ)を架ける その名も「筧(カケヒ)どり」という仕掛けでも 鮎をとるそうです。 更に漁期には釣り師も沢山このあたりで釣り糸を垂れるそうですよ。

そんな訳で ここは鮎でも有名なんですね?


さて、灘を見下ろす岸に 一人のお侍さんが立っています。

阿江与助さん_。
江戸初期の水路開削者で「加古川舟運の祖」と呼ばれる偉人だそうです。

昔の加古川には 隆起した岩があちこちにあったと言います。彼はそれを削って 平底の高瀬舟が安全に上り下りできるようにした、んだとか。


そろそろお昼。灘のすぐ脇の料理旅館「滝寺荘」さんで 名物の鮎を頂きましょう~♪


滝寺荘さんのダイニングは 闘竜灘に面しています!素晴らしい眺め!

んー どれを頂こうかなー?

色々考えて私達は 「鮎定食」にー

  単品で「鮎寿司」をつけることに~。

そうそう、定食についてた「鮎の飴煮き」_ これは滝寺荘さんの名物の一つだそうですが、ずっしりボリュームがあってなかなかの「御馳走」でした。

デザートのシャーベットで「あがり」。美味しかったー 大満足!

来てよかった~。


<おまけ>

加東市 滝野町のマンホール。丸の中にいるアユッキーというのは 町のマスコットキャラクターのようですが 「ネクタイしめた鮎」、ですかー。 濃いキャラクターですねー^^;)
「アユッキー」で画像検索かけたら こんなん出ました!!!