白峯神社から今出川通を西へ歩いて、
北野天満宮の前まで来たところ_。

天満宮の南_中立売通を渡ったところにある(ここは「*」の様な六差路です)
上京警察署の~

西の~

御前通を南へ下って 1ブロック行った先のー

一条通を西へ向かいます。

一条通は「百鬼夜行伝説」が伝わる通り_...
おどろおどろしい伝説ですが 商店街の人達はコレを逆に利用。
2005年から通を「妖怪ストリート」と呼び、物の怪となった古道具(=妖怪)らを店頭にオブジェとして置くようにしているそうです。
<妖怪ストリートのHP は「こちら」>




(↑手前のケロちゃんとコロちゃんは妖怪じゃありませんよ?妖怪は画面左奥ー)


しばらく行くと _
ありました、ここが 大将軍八神社 ですね?

今の御祭神は素戔嗚命(スタノオノミコト)と その御子神八柱 ですが、
昔は「大将軍(タイショウグン)」という陰陽道の方位神 を祀っていたそうです。
(平安遷都に際し 桓武天皇は京の東西南北に「大将軍社」を建てさせています。ここはそのうちの「西の大将軍」にあたります。元々は一筋北の紙屋川にあったようですね? もっとも地名としての大将軍(タイショウグン)は西大路通の西側に多く残っているようですが・・・)

手水舎で手を清め

境内奥に進みます。

正面には方位盤がありました。(上の石には 「*」、アスタリスクの様な紋が彫られていますが八方位が示されていますー)

(↑正面の「離」は「南」を意味しています)
拝殿前の鈴。

拝殿左手にはご神木 招霊木(オガタマノキ)が。

裏へ回ってみますとー・・・

末社、豆吉(マメヨシ)神社 + 大杉神社がありました。

神殿北には大きな錨がー。(どのような方が奉納されたのでしょう?)

それにしても_方向にまで神様がいたんですねー。さすが八百万の神の国。 と 呑気な感想をもったのですが、昔・・・とりわけ平安時代の人にとって 方位はとても重要な事柄で、方位神はあつく信仰されていたそうです。(そうだったんだー)
退出して 一条通(=妖怪ストリート)に戻り、西へ。
タマヒメ酢の 斉藤醸造所がありました。(いい佇まい)

花屋さんの妖怪は カッパ ・・・ でしょうか???

天神川にかかる橋を渡ります。

橋から川上を見たところ_

天神川の川上は 以前は「紙屋川」と呼ばれていたそうですが 今この名は地名に残るのみ。
又、平安に都ができた頃には この川は「西堀川」と呼ばれていたそうです。朱雀大路(今の千本通)を中心に見て、堀川と左右対称の位置関係にあったから、といいます。
川は 吉祥院公園付近で桂川に合流します。
__ 都に「1」詳しくなれた、かな?